「ん………」

腹の上に重みを感じて、シンは夢の中から無理矢理たたき起こされた。
しかもペチペチと顔まで叩かれる。

「なんだ……ん……サクラぁ?」

寝起きのために今だぼんやりした声しか出せないシンだが、寝ぼけ眼で自分の腹の上にのったサクラをみとめた。
やっと目を覚ましたシンにサクラはニコニコと笑って、朝の挨拶をする。

「シンちゃ、うはよ」
「ん、あぁ。……おはよ……?……って!?」
「サクラ『うはよ』じゃないぞ。『おはよう』だ」

ガバっという形容がぴったりと当てはまる起き方をしたシンは、目の前で満面の笑みを浮かべているサクラと、冷静にサクラの言葉遣いを正したレイを交互に見ておろおろしている。

「レ、レ、レイ!サ、サク、サクラが……!!」

あまりの衝撃にシンのしゃべり方はどもりまくりだ。
だが、そんなシンにもただ一瞥をくれただけのレイはしれっと言う。

「ああ。昨日からな。なんだか分からないが、話せるようになったみたいだ」

なんでもないことのように言うレイに対してシンは、寝起きとは思えない俊敏な動きを見せて、サクラを抱えると脱兎のごとくベッドから飛び降りてドアに向かう。

「おい、シン」
「せ、先生に診せてくるっ!」

アスランから聞かされた昨日のようなことがあったからか、今まで異常の過保護ぶりだ。
そんなシンの態度に一人部屋に残されたレイは、

「まったく…」

と、言葉とは裏腹な笑みを浮かべてシンを見送った。



「ん〜。ショック療法ってことになるのかな」

寝起きに全力疾走をして医務室に駆け込んだシンは、要領の得ない説明を繰り返しながらやっと軍医にサクラのことを伝えて、サクラを見てもらっていた。 だが、軍医から帰ってきた言葉はひどく曖昧で、シンは「先生…」と情けない声をあげる。

「そう言われてもね…。もともとこの子の声が出ない理由もよくわかっていなかったから。まあ、昨日のことがこの子に声が出なくなった時と同じくらいのストレスを与えて、声を戻した…ってことぐらいしか言えないな」

「そうですか…サクラ?」

シンは軍医の説明にいまいち釈然としないものを感じたが、腕の中にいるサクラが医務室に入ったときからずっと自分の服を握っているのを不思議に思って声をかけた。

「や……ここ…」

シンが声をかけると、サクラはか細い声で「ここにいることが嫌だ」と訴える。
シンが一緒にいるとはいえ、サクラにとっては昨日の今日ではまだ、医務室は鬼門だったようだ。

「ご、ごめんなサクラ。分かった、すぐ部屋にもどろ」

サクラの様子に慌ててそういったシンだったが、そこにもう一つ、か細い声が聞こえてきた。

「シ、ン………?」

その声は、シンが昨晩聞いたよりも酷く弱ったもので、思わずシンは声の主―ステラの元へサクラを抱いたまま向かってしまった。

「ステラ!俺がわかるね…?」
「シン…」

自分を呼ぶ声に、ステラは今にも儚く散ってしまいそうな笑みを浮かべて答える。
シンはひとまず、正気でいるステラに安堵して息をついた。
だが、ハッとして先程まで固まっていたサクラを見る。
サクラが恐怖のために固まっていたのかとシンは思ったが、ぐったりと青白い顔で横たわるステラをじっと見つめていた。

「サクラ?」
「…おねえちゃ、びょーき?」

サクラはシンにステラのことを聞いてきた。
本当のことを言えばステラは病気などではないが幼いサクラにそれを理解できないと思い、シンはサクラに「そう。このお姉さんは病気なんだ」と答えた。
すると、サクラはシンの腕からすとんと飛び降りてステラのベッドの淵から悲しそうな顔でステラを見つめる。

「いたーい?」

サクラはステラのベルトで拘束された手のあたりを擦って聞く。
始めは何をされているか分からなかった様子のステラであったが、聞かれていることが分かると弱弱しいが綺麗に笑った。

「いたくない……あったかい」

サクラの突然の行動に驚いていたシンだが、ステラの言葉を聞いてなんだか無性に泣きたくなった。

「ステラ…大丈夫、俺がいるから、大丈夫」

自分でも一体何に対して言っているのか分からない言葉だったが、ステラの手を取ったシンは繰り替えし、そう言い続けた。

『パイロットに通達。至急パイロットは艦長室まで。繰り返します。パイロットは艦長室へ』

しかし、そこに突然の艦内放送が入る。
サクラはそれに少し肩を竦ませたが、シンはハッとなって、目元に少し滲んでいた雫を拭った。

「先生。サクラ、このままここで預かってもらえませんか?」

今の放送はパイロット全員に呼びかけられているものであるため、レイも部屋には居なくなる。
そうなればサクラを預けられるのはこの医務室くらいだ。

「大丈夫なのか…?」

軍医はつい昨日のことを思い出しているのだろう。
自然と苦い口調になっている。

「大丈夫です。きっと。いや、絶対…」

シンは軍医の言葉に断言すると、今だ心配そうにステラを見つめるサクラに目をやる。
シンとて、始めはサクラをここに入れてステラと対面させる気なんて、サクラの精神状態を考慮して、するつもりなんてなかった。
だが不測の事態が重なり、こんな展開と相成った。
そして、先程のサクラのステラに対する労わり方を見て、何故だか”絶対に大丈夫”という確信がわいてきた。

「サクラ、行ってくるね。…ステラ―お姉ちゃんのことよろしくな」

シンはいつものようにサクラの頭をぽんぽんと叩く。
サクラはシンの言葉に神妙に頷くいて、ステラの手をギュッと握った。

「ステラも、行ってくるね…」

シンはステラにもそう声をかけると、おそらく戦場への誘いであろう艦長室へかけていくのだった。