アスランに託されたサクラを連れてレイは自室に戻って来ていた。
もともと回収したガイアについてタリアに報告をしに行くつもりであったのだ。 だが、タリアがシンと連れ立って医務室にいるとルナマリアから聞いレイはサクラを休ませるべくまっすぐ部屋に戻った。
レイはサクラを自分のベッドに下ろして、いつもサクラがシンと一緒に寝ているシンのベッドを整えようとする。 サクラを下ろしてしまうと、子供特有の高い体温で暖めれていた胸のあたりが急に寂しくなった。
その温もりが伝えるサクラの”生”をレイは噛み締める。
レイは、シンのベッドを整えながら過去を思い返した。

物心ついた時からいたあの暗くて狭い場所からクルーゼに連れ出されて、レイはギルバートの後見のもとすくすくと成長した。
ギルバートの家で、レイは学問を学び、教養を身に付け、歳相応によく遊んだ。
クルーゼもいつもと言うわけではないが、忙しい仕事の合間に訪ねてきてくれた。
唯一不満であったことといえば家から出してはもらえず、同じ年齢の子供と遊べなかったことくらいだった。
だが、いま思い返してみても、レイにとってはその頃が一番幸せなときであった。
それが崩れ始めたのはレイの子供らしい素朴な疑問だった。
ある日、レイはギルバートに聞いた。

「どうして僕のアルバートやノーマはこんなに早く死んでしまうの?」

アルバートやノーマというのは当時レイが飼っていたペットの犬の名前だった。
レイはたくさんのプレゼントをギルバートから貰っていたが、その中でも一番多かったのがペットだった。
普通ならば、そんなに多くのペットなどを送られれば、”もういい”と受け取り主の方が言うだろう。
だが、レイの場合は普通ではなかった。
レイのペットは、ギルバートが次のペットをプレゼントしてくれるまでには死んでしまっていたのだから。
早いもので数週間、もっても一年。
始めの頃、レイは寿命の短いペットたちを不思議に思わなかった。
一番最初のペットが死んだ時には、”死”というものの概念が分からなくて泣いてギルバートを困らせたりしたけれど、聡いレイはそのことを受け入れ、ペットの”死”を悼んだ。
だが、その聡さが仇となった。
聡いレイはある時犬の生態を知り、自分のペットの死が通常よりも異常に早いことに気がついてしまったのだ。
レイは、今でもこの質問を投げかけた時のギルバートの表情を鮮明に思い出せる。
困りきった、何かを決意するのを躊躇うような。
長い逡巡のあと、彼は全てを話すからそこに座りなさいと言って、レイを促した。

全て―。
そうギルバートは全てを話してくれた。その時彼がレイに必要だと思われた”全て”を。
レイの存在がどういうものなのか。レイの体の寿命のこと。これから降りかかるであろうレイの体の異常。そして、どうしてペットたちが早世してしまっていたのか。

『すまないな、レイ―』

ペットたちはギルバートの実験動物であった。
レイのテロメアをどうにか長くしようと、ありとあらゆる動物を使ってギルバートは研究をした。
中には実験に使用してはならないと定められた動物までもいた。
だが、どんなに実験を繰り返してもレイのテロメアを長くする術は見つからなかった。
唯一見つかったのは、テロメアが短くなる速度を落とす術だけだ。
だが、レイにとっては十分だった。
自分が生き延びることよりも、そこまでしてくれるギルバートの努力だけで十分だった。
不条理な”運命”に逆らう術として、自分を利用しているだけだとしても。
恋人との間に欲しかったという子供に自分を重ね合わせて見ていたとしても。
ギルバートが与えてくれた”愛情”はホンモノであったから。
だからレイは、この先の限られているという人生をギルバートの為に使おうと決めたのだ。

過去のことが走馬灯のように頭をよぎったが、シンのベッドを整えるレイの手はしっかりと止まっていた。
レイは手早くベッドメイクを終えるとサクラを寝かせるために、もういちどサクラを抱き上げる。

(温かいな…)

サクラの体温がレイの胸を温かくする。
レイはサクラをベッドに寝かせて、上かけをきちんとかけてやる。
そして、泣いて張り付いていた髪の毛をすいて元に戻してやる。
その頬もまた温かかった。

(アルバートやノーマも温かかったけれど、お前はあいつ等とは違う…)

生まれながら寿命が限られてしまっていた過去のレイのペットたちとは違いサクラはこれから健やかに成長するのであろう。
クローンのレイには家族などいない。
クルーゼやギルバートがそれに近しいものであったが、あくまで”近しい”ものだった。
クルーゼは哀れなもう一人の自分としてレイを見ていた。
そして、ギルバートは”父”と呼べる人かもしれないが、レイが彼に抱く感情は父へのそれとは違う。
すべてを捧げる盲目的な愛情。
家族に対するという穏かな愛情とは程度遠いものだ。
だが、今サクラへと向ける感情は物語の中でしか聞き及ばなかったその感情に酷似している。
これが本当に家族への情というものなのかはレイにもわからない。
それでも、物理的に与えられる温かさも、向けられる笑顔で与えられる温かさも、レイの心に光を灯すことに変わりはなかった。

(お前は生きろ……)

レイは心の中だけでそう呟くと、部屋を出ていこうとした。

「れ…ちゃ…」

だがレイの歩みは聞こえてきたか細い声に止まった。
レイが振り返ると、ベッド上で目をこすっているサクラがいた。

「サクラ…?」

レイは今のが空耳だったのかと思い、サクラの名前を呼んだ。
サクラはまだ寝ぼけているようだったが、レイの声はきちんと聞いてるようでレイに焦点を合わせた。

「れ…ちゃ…いっちゃ…の?」

途切れ途切れであるが、サクラはしゃべっていた。

「サクラ……」
「いっちゃ…の?」

レイは驚きのあまり呆然としたが、サクラはそんなことに構ってない。
しきりに自分の疑問を投げかけている。
驚きのあまりにしばらく固まっていたレイだが、答えを返さないレイにサクラが顔をゆがめ始めた。
それに気づいたレイは、先程サクラの髪をすいていた場所に舞い戻った。

「どうした?」

この際、レイはサクラの声が戻ったことは二の次にした。
今はこの目の前にいるお姫様の要求を聞くことが最優先だと判断したのだ。

「れ…いっちゃ、の?」

今だきちんと発音できていないが、サクラが「行っちゃうの?」と聞いてることが分かった。
医務室でのことを思い出しているのか、一人になるのが嫌らしい。
眠っていればしばしの間なら一人で置いていっても大丈夫だと判断したレイであったが、サクラが起きてしまえばそれは無理だ。

「いや、行かないさ」

シンが部屋に戻って来ていないことをみるとまだタリアも艦長室に戻っていないだろうから、報告は後回しにしても問題はなかった。 サクラはレイの言葉に歪めていた顔を笑顔に戻すと、レイの手を引っ張ってベッドにひっぱった。

「寝ろってことか…?」

いつもサクラはシンの添い寝を欲しがった。
どうやら誰かが側にいないと眠りにつけないらしく、寂しいようだ。
レイは微笑して、たまにはこんなことがあってもいいかとブーツに手をかけた。



「あれ。サクラ、レイ?」

もろもろの用事を片つけて、もう一度医務室へ行っていたシンは随分遅くになって部屋に戻ってきた。
艦長室から医務室に移動する時にこの部屋によって、シンはステラとの思い出の貝殻を持ちだしていた。
その時にはサクラもレイも部屋にはいなかったが、ルナマリアに聞いたところによるともう2人も部屋にいるようだった。
だがレイのベッドを見ても誰もおらず、シンは首をかしげた。

「げっ…」

しかし目当ての人物は2人もシンのベッドにいた。
サクラは幸せそうにレイに引っ付いており、レイも熟睡しているようだ。
とりあえずシンはサクラがもう泣いていないことに安心したが、そこでハタッとした。

「俺、レイのベッドで寝なきゃいけないのか?」