アスランとルナマリアはサクラを連れたまま、艦長室の前に来ていた。
本当ならば、サクラはどこかきちんと休ませられる場所に寝かせたて来たかった。
しかし、医務室は今それどころでもないし、レイもガイアの搬入作業が遅れているのか今だ戻って来ていないので、シンたちの部屋に一人残しておくわけにはいかない。
そのためサクラは今もまだアスランの腕の中だ。
そのサクラと、タリアと共に部屋から出てきたシンをルナマリアは交互に見やる。

「シン…」

控えめなルナマリアの声に俯いていたシンの顔も上がる。
その目がアスランの腕でぐっすり眠るサクラを認めた。

「サ…」

シンはサクラに手を伸ばして、その涙が乾いた頬に触れようとした。
だが。

「自分のしたことをよく考えてみろ」

シンの手が届く一歩手前でアスランが後退し、サクラを守るかのように腕に力を込めて言い放った。
シンは悔しそうに唇を噛むが、医務室からタリアに連行された時にサクラが怯えて震えていたところを見ていたので何も言えない。
シンとてステラが気絶して後で、我に帰った時は、医務室に預けていたサクラのことを心配したのだが、もうすでにアスランに先を越された後だった。
そして、アスランはシンを強く睨みつけて、タリアに軽く頭を下げるとと踵を返してしまう。

「………」

シンとアスランのやり取りを黙って見ていたルナマリアも、しばし逡巡したが、タリアに敬礼をしてアスランの後を追っていたった。

(クソッ………)

シンは自分の失態の後味の悪さに胸中で悪態を付くのだった。



「ちょっと待ってよ、アスラン!」

ずかずかと長い脚で廊下を歩いて行くアスランに、小走りで追いかけてきたルナマリアは、ようやく歩みを止めてくれたアスランの傍らに立った。

「ふー。アスラン、歩くの早すぎるわ」
「そうか…?」

やっと追いついたルナマリアは、軽口を叩きながら微笑む。
けれど、少し眉を下げて笑いを引っ込めた彼女は続けてこう言った。

「もしかして…怒ってた?」
「………いや。別にそんなことはない」

口ではそんなことを答えたアスランであったが、その顔にはくっきりと彼の本当の気持ちが表れたいた。

(そんな渋面されながら言われても…まったく説得力ありませんよ)

いつもは実際年齢よりもずっと年上に見えるアスランではあるが、こんな一面は必要以上に直情的で子供っぽいシンに良く似ていた。
医務室では冷静に見えたアスランも、自分も可愛がっているサクラを怯えさせるような振る舞いをしたシンに相当な怒りを抱いていたようだ。
ルナマリアは溜め息を一つ付いて、自分で抱きあげているサクラを見つめるアスランに目をやる。
アスランを尾行して、アークエンジェルのクルーとの密会現場を見てしまったルナマリアは、どんな顔をしてアスランと向き合えばいいか分からなかった。
もっとも今は、不測の事態が発生してそうならざるを得ない状況になってしまったので、一時はそのことも忘れて普通に接することができた延長だ。
ただアスランとオーブ代表がした会話だけを聞いていたのならば、ルナマリアがそこまで思い悩む必要もない。 だがルナマリアは、その後に出てきた”ラクス・クライン”の姿も、アスランが去った後に姿を現した綺麗な”キラ”という人の話も聞いてしまった。
だからこそ、アスランはルナマリアたちミネルバクルーが知っているよりもずっと、複雑な事情を抱えているのかもしれない、と彼女は思った。

「……アスラン……」
「なんだ?」

真相を知りたいと思っている気持ちが強くて、思わずルナマリアは彼の名前を呼んでしまった。
サクラを見やるアスランの瞳は至極やわらかなものである。 そのアスランの顔に岩場で見光景がフラッシュバックする。
紅い夕日に染まったつらそうなアスランの表情。
何かを付き出されて、呆然とした様子。
そして、アスランが去った後に出てきた綺麗な”キラ”という人。
華奢な体で、今にも儚くなってしまいそうな雰囲気持ち、涙を浮かべるより悲壮な表情をする。

「どうした?」

自分の名を呼んだ張本人が何も言わないので、アスランはいぶかしむ。

「……ううん……やっぱり何でもないわ」

そのアスランの呼びかけにハッとなったルナマリアは慌てて言った。
本当は心のままに色んなことをアスランに聞き出したかったが、それにはアスランを尾行していた諸々の事情を説明しなければならないので、ルナマリアはグッと好奇心を堪える。

「ルナマリアに…アスラン?」

そこへ、涼やかな声が聞こえ来た。
廊下のど真ん中に突っ立っていた2人の進行方向からやって来たのはレイだ。

「レイ、ちょうどいいところに来てくれたわ!」

ルナマリアはアスランの訝しげな視線を吹っ切るように、ワザと大げさに振る舞う。
アスランはルナマリアのそんな態度を少し不思議に思ったが、そこは何も言わなかった。

「一体なんなんだ…?」
「サクラのことよ」

突然、ちょうどいいところに、などと言われてもさっぱり事態が飲み込めていないレイ。
ルナマリアはいたって簡潔にレイの問いに答える。

「ええ…シンのことは聞いてるでしょ?で、今そのシンも居ないし、預かれるような人がいないから、ずっとアスランがサクラのこと抱っこしてくれたの」

ルナマリアの答えに、暗に自分にサクラを引き取れと言っていることをレイはすぐさま汲み取った。

「アスラン。俺が部屋で寝かせますよ」

レイは、軽い溜め息を付くとサクラを受け取ろうと手を差し出した。
元よりこの後どうするかなど考えてもいなかったアスランは、「すまないな」と言ってサクラを渡そうとした。

「ん…?」
「あ…」

アスランとルナマリアが2人そろって声を出す。
その視線の先はアスランの紅の制服。
アスランの胸にずっといたサクラは、アスランの制服の上着をギュッと掴んで離そうとしなかったのだ。

「………」

一瞬その場は沈黙したが、アスランの微笑と行動がそれを破った。

「このままで寝かせてやってくれ」

アスランは自分の上着を脱ぎさって、サクラが掴んでいる部分を外さないように、上着をかけてやる。
その微笑みは先程と同じように柔らかかったが、こんどは何処か影があった。

「このままで…?」
「ああ…」

レイの疑問にアスランは微笑を絶やさぬまま答えていたが、ルナマリアはそんなアスランの表情から目が離せなかった。
そのアスランの微笑が岩場で見せた表情とダブって見えたからだ。
先程押し込めたばかりの気持ちがうずいてくると同時に、その影のある顔に胸が締め付けられるような気持ちを覚えるルナマリアだった。