「あら、またお絵かき?」

シンが医務室に預けていったサクラは、一度シンが医務室に来る前と同じように真っ白な画用紙と向かい合っている。 サクラは、医務室付きの衛生兵の問いかけに大きく頷いて、短くなってしまったクレヨンで絵を描き始める。

「あの子は本当に手がかからないな…」

その様子を見ていた軍医は感心したように呟く。

「本当に。あれでまだ3歳でしたか?」

サクラと話をしていた兵が戻って来て、軍医の意見に同意を示す。
戦闘があるたびに医務室に預けられるサクラだが、軍医たちの仕事を邪魔することなどなく、まったくと言っていいほど手がかからない。
サクラと同年代でも、他の子供達ではこうはいかないだろう。

「そうだったか。いや本当に…。一時はどうなることかと思ったがな…」

軍医はそこで一旦疲れたような口調になったが、柔らかな視線でサクラを見ていた。

「ええ。でも、これはこれでよかったのかも知れませんね…。
…あら?外が少し騒がしくありません…」

か?
衛生兵の言葉は、みなまで言い終わらなかった。
なぜなら、外のの騒動を引き起こしていたと思われる元凶が医務室に飛び込んできたからだ。

「先生!!早く!!早く、この子を見て!!!」



「下がっていなさい」

シンの勝手な行動に、タリアは幾人かの兵を連れて医務室までやって来た。
丁度、目当ての室内から激しい物音が聞こえて兵たちは持っていた銃を構えたが、タリアは鋭い声でそれを制す。

「艦長…」

遅ればせながらセイバーをドッグに置いてきたアスランと、帰投していたルナマリアがタリアの元に歩み寄る。
タリアは2人に目線で自分の後ろに下がっているように促すと、問題の扉を開いた。

「これはッ!」

扉を開けたタリアの目に飛び込んできたのは、地球軍の制服を着た暴れる少女とそれを必死に宥めるシン。
それに、床に倒れた衛生兵と麻酔を手に持った軍医の姿だった。
アスランたちもタリアの後ろについて室内に入って、その惨状を確認する。
アスランもルナマリアもその様子に驚きを隠せず、目を見開く。
だが、アスランは目の端になにかうごめくものを捕らえると、すぐさまその驚愕から立ち直る。

(医務室には―――!!)

シンは自分で連れてきた少女のことで頭が一杯ですっかり頭から抜けておちているようだが、アスランはこの場に居るべき人物が居ないことにすぐに気がついた。
そう。いつも医務室には、シンの帰りを待ちわびている―――。

「…サクラッ」

小さく叫んだアスランはタリアを押しのけて、素早く室内に入っていく。シンたちには目もくれず、奥を目指す。 そして、不自然に盛り上がった奥のベッドに駆け寄った。

「…サクラ」

アスランは白いシーツの塊にそっと手をのばすが、その時アスランの後であがった一際大きな悲鳴で、シーツに包まれた小さな体がびくりと震える。
その後、後方は静かになったがサクラの震えは止まらない。
それにアスランはサクラに触れるのを躊躇ったが、そろそろとシーツにかけた。

「大丈夫だ…。もう大丈夫だから出ておいで…サクラ」

優しいアスランの声に、きつく自分の体に巻きつけていたシーツから恐る恐る顔を覗かせるサクラ。 その瞳には大きな涙の粒が浮かんでいて、真っ赤になっている。
涙は流せても声が出ないサクラの姿はより一層悲壮だ。

「おいで…」

瞳で「本当に?」と問いかけるようにするサクラに、アスランは優しい微笑を浮かべてやりながら抱き込んでやる。
抱き込む時に、すこし体を強張らせたサクラであったが、人肌に安心したのかすぐにその強張りを解き安心したようにアスランに擦り寄ってきた。

「大丈夫…大丈夫…」

あやすようにサクラの背中を叩いてやると、激しかった息遣いがだんだんと落ち着いていく。

「サクラ…?」

息遣いがあまりにゆっくりで規則正しいものになったので、訝しげに思ったアスランは腕の中のサクラを覗き込んだ。
先程の状況がよっぽど恐かったのか、サクラはすでに深い眠りに落ちていた。

「よかった…」

アスランは苦笑して呟く。
他の誰よりもすぐにサクラの存在を思い出して行動を取ったアスランであったが、アスラン自身が自分の行動に驚いていた。
あの夕暮れの岩場から戻った時には、サクラに笑いかけることすら避けてしまった自分。
それなのに、先程の状況を見た時、まず一番に頭に浮かんだのが、いつも笑顔で寄って来るサクラのことだった。
その後は勝手に体が動いたようなものだ。
優しい笑顔と声も、サクラを腕に抱きこんであやしてやったのも、全部自然にやっていた。
やはり彼女に似ているから体が勝手に反応してしまうのだろうか?
そんなことを考えて、自分は骨の髄まで彼女仕様なのかと、アスランは自分に呆れた。

「アスラン!…サクラ、大丈夫?」

後から声をかけられたアスランは、今だ自分がここに来た原因が解決していないことを思い出した。
声をかけたのはルナマリアで、心配そうにアスランの腕の中にいるサクラを覗き込む。

「ああ…いま眠ったよ」

アスランの答えにひとまず安心したような顔をしたルナマリアだが、サクラの頬が涙でぬれているのを見て顔を曇らせる。

「何してんのよ、シンは…」

ルナマリアはサクラに涙を流させる原因を作ったシンを詰る。
そして、やっとアスランはこの場にもうすでにシンがいないことに気がついた。
残っているのは気を失ってぐったりしている地球軍の少女や数名の武装した兵士、医務室付きの船員だ。

「ルナマリア、シンはどうした…」

サクラのことに集中していたせいで、後方の様子をまったく気にしていなかったアスランは、シンの行方をルナマリアに問う。
もうその答えは半ば予想はできていたのだが。

「…艦長に…おそらく艦長室だと…」

予想通りの答えにアスランは苦い表情になった。