「アイツ…」

シンは常とは異なるレイの様子に、眉をよせて呟いた。
サクラも、レイのことを案じているのか今だ不安そうに扉を見つめていた。

「…ここにいたのか」

すると2人の視線の先にあった扉が唐突に開く。
そこに現れたのは朝からミネルバで姿を見かけなかったアスランだった。
ダーダネルスでの戦闘後シンはアスランとまともに口を利くどころか、ほとんど顔もあわせていない。
出会った当初はつっけんどんな態度を取っていたシンも、彼自身と話すことや、サクラの一件によってアスランへの態度を改め、最近は素直にアスランと接していた。
しかし、先日のダーダネルスでの戦闘を境に、シンのアスランへの態度は出会った当初よりも硬化したものとなっていた。

「なんですか」

慇懃無礼に聞こえるシンの言いようにアスランは困ったふうに笑った。

「艦長が呼んでいるぞ。あの施設に入るそうだ」

シンはアスランの言葉にも無言で、用意をするために手に抱いていたサクラを手近なベッドに下ろす。
シンの急変した態度にも、アスランはダーダネルスのことが引き金になっていると分かっていたので、何も言わなかった。
これはもう何を言っても無駄だと感じたアスランは足早にその場から去ろうとした。
しかし、サクラがジッと自分を見つめていることに気づく。
思えば、ダーダネルス戦の後、シンと顔をあわさないアスランにはサクラと会う機会もほとんどなかった。
それゆえ、アスランにとってもサクラにとってもお互いの顔を見たのは久々のことだ。
サクラはいつものようにアスランに晴れやかな笑顔を向ける。
アスランも、その笑顔に応えようとした。
だが―――。

「………?」

アスランの表情は動かなかった。
サクラはアスランの表情を不思議そうに見ている。

(キラ―――)

ふとした時に感じていたことだったが、サクラが自分が求めている彼女に良く似ていることをアスランは改めて気づかされた。
それを再認識してしまったアスランは、サクラに向かって笑うことなど出来なかった。
先程、彼女自身からではないとはいえ最後通牒を突きつけられたアスラン。
だからこそ、アスランには子供とはいえ、彼女に面影がだぶる子に笑いかける芸当などできるはずもなかった。

「先に行っているぞ…」

アスランはふいっと顔をサクラから背けてしまうと、足早に出て行ってしまった。

「いちいち言わなくたって、わかっるつーの」

背を向けていたため、サクラとアスランのやり取りを見ていないシンは、わざわざ一言いい置いてこの場を去っていたアスランを訝しげに思って一人呟く。
ダーダネルスでフリーダムに攻撃を仕掛けなかったアスランをまだ許せないシンは、意地を張って今もアスランから背を向けた。
けれど、気がついてしまった。

「気のせいだよな…サクラ…」

アスランの声が震えていたことなんて。
無理やりそのことを気のせいだと思い込もうと、シンはそれを胸の奥に沈めた。
シンはベッドに座ったままのサクラの頭にぽんと手をおいて呟く。
そしてサクラは、自分から逃げるように去ってしまったアスランの態度に傷ついたような顔をしていたのだった。
物思いに沈むシンは気づかなかったけれど。



「なんなんだよっ、アレは!!」

激昂したシンは感情のまま、目の前にあった仮説のテーブルに拳を打ちつけた。
タリアやアーサー、アスランと共にあの問題の施設の奥へと進んだシンはそこで地獄絵図を見た。
施設の中は、サクラと出会ったあの船を彷彿とさせるような血の海だった。
だが、その血の海に横たわっているのはまだ年端もいかぬ子供ばかりで、中にはサクラよりほんの少しだけ年上にしか見られないような子供もいた。

「遺伝子いじんのは間違ってて、あれはいいのかよ!!」

この施設で行われていたおぞましい人体実験。
投薬などによって、コーディネーターに対抗できる脅威の人造兵器。
タリアが施設の記録を調べると、そんな世にもおそろしい真実が明らかになった。
施設の中には実験の途中でこと切れてしまった者たちがおり、グロテスクな実験がそのままになっている場所もあった。
その光景を見てしまったアーサーは今も吐き続けている。

「一体ブルーコスモスってのは何を考えてるんだよッ!!」

やり場のない怒りをもてあましたシンは、隣で苦渋で顔を一杯にしたアスランへと吐き捨てる。
しかし、アスランはシンの言葉に答えることなく、手を合わせて一人もの思いに耽っていた。

(あれがレイダーのパイロット…)

アスランは、タリアと共に見たこの施設の子供たちの入室記録を思い出していた。
先の大戦時、アークエンジェルと同型のドミニオンと共に表れた3機のMS。
あのコーディネータともナチュラルとも思えない動きをしていた3機にはこんな秘密が隠されていたのかと、アスランは暗澹とした思いを抱えていた。
敵味方の区別なく、無茶苦茶な戦い方をしていたあの3機を落としたことに、今まではあまり苦を感じてはいなかった。
そう、今までは、だ。
だが、あのパイロット達の哀れな真実を知ってしまった今では、どうしよもないやり切れなさがアスランを支配していた。

「なんですって!?」

ミネルバのブリッジにいるクルーにこれからの指示を出していたタリアの口から鋭い声が上がった。
それまで、顔を沈めてもの思いに耽っていたアスランも、怒りに拳を握り締めていたシンも何事かと、タリアへと視線をやる。

「ガイアだけなの!?後続は!」

タリアのその声に、シンとアスランはすぐさま事態を察知して、自分たちの機体へと駆け出す。

『シン、アスラン。施設を守るのよ』

コックピットに乗り込みながら、聞こえるタリアの指示。

(地球軍のヤツ、許さないッ!!)

シンは先程までの怒りと共に操縦桿を握り締めた。
だが、一方のアスランは

(このガイアのパイロットもこの施設の子供か…?)

と、苦しげに顔をゆがめてセイバーを発進させた。