「カガリーッ!!」
真っ赤に染まった岩場にミリアリアの高い声が響いた。
それに顔をあげたのは、風に見事な獅子のたてがみのような金髪をなびかせたカガリだ。
彼女が紛れもなくオーブ首長国連邦、代表首長であるカガリ・ユラ・アスハである。
「ミリアリア!」
岩場にて一人、険しい顔をしていたカガリもミリアリアの声に笑顔を見せてそれに答えた。
停戦後、ミリアリアはフリーの報道カメラマンとして世界中を飛び回っており、オーブ国内にいることは稀であった。
そしてカガリも、代表首長としての仕事に忙殺され、2人が実質的に顔を会わせたのは停戦後直後以来のことだ。
「うわー久しぶり。元気そうでよかったわ!」
「ミリアリアこそ。お前の噂は色々聞いてるぞ。随分活躍しているみたいじゃないか」
戦いの最前線にさえ果敢に挑む年若い女性カメラマンとして、ミリアリアはそこそこ名が知られていた。
ミリアリアが撮影したものは様々であるが、特に戦場をありのままに写してくる彼女の作品には定評がある。
ミリアリアは、「まあね」と少し照れくさそうに笑って舌をだした。
だがそんなふざけた顔をすっと真面目なものにすり替えて、ミリアリアは切り出した。
「カガリも色々大変だったみたいだね…」
「…まあ、な」
ミリアリアが暗に示しているのが、オーブの連合側への参入であるとか、カガリ自身の結婚のことであったりと、もろもろのことであるカガリはすぐに理解した。
だからカガリは、肩をすくめて苦笑するしかなかった。
「それと…用心して回線では言わなかったけど…」
ミリアリアはカガリを見て、そこまで言った口をつぐんだ。
その様子を不審に思ったカガリは「なんだ?」と先を促した。
だが、やはりミリアリアは先を言わない。
「いったい、なんな…」
「今日、キラは来てないのッ?」
焦れたカガリが、いい加減その先を知りたくて大きめの声を出したのだが、それはミリアリアの問いかけに中断された。
自分の問いかけをうやむやにするかのようなミリアリアの声に、カガリは眉を寄せた。
だが、ミリアリアの表情がどこか思いつめていたようだったので、あえてそれには追求せずにその問いに答えた。
「…アイツは………来てない」
苦虫を噛み潰したかのように答えたカガリに、「そう……」とだけミリアリアは答え、キュッと唇を引き結んだ。
そして、意を決して口を開いた。
「用心して通信にはかけなかったんだけど、彼…アスラン、ザフトに戻ってるわ」
言いにくそうに声を潜めたミリアリアの声であったが、それでも十分にカガリの耳には届いた。
カガリの目は限界まで見開かれて、あんぐりと口をあけている。
「な、なんだとっ……!!」
ようやっとカガリがそれだけを口にした、その時。
黄昏時の海の向こうから高速で飛行物体が、カガリたちがいる岩場へと飛んできて上空でその姿をMSへと変形させた。
真紅のその機体は、カガリにも見覚えがあった。
「あれはダーダネルスで…!」
ダーダネルスで一機だけ、なぜかフリーダムを攻撃しようとしなかったザフトのMS。
あの時、自身の無力に打ちひしがれて、その場をフリーダムに任せることしか出来なったカガリ。
だがカガリは、それでも自身の責任として、最後まであの戦いを見なければならないと、涙にぬれた瞳でモニターを見つめいていた。
あの戦闘の最中、両軍が躍起になって落とそうとしていたフリーダムに攻撃を加える素振りすら見せず、むしろ自軍のMSとフリーダムの戦闘を止めようとしていた。
おかしな行動をするMSだと思っていたカガリだったが、あれに乗るパイロットがアスラン・ザラであるなら納得がいく。
そう、フリーダムのパイロットを誰より知る彼であったのなら。
そのMSが岩場へと降り立ち、コックピットのハッチが開く。
そして、そのハッチから姿を現したのは―。
つい先日までカガリのSPを務めていた、他の誰でもない、アスランだった。
「お前ッ!!ザフトに戻っただとッ!!」
アスランが降り立つと、カガリはその胸倉を掴みあげて恫喝した。
アスランは、自分に掴みかかるカガリをそのままに、静かな視線でカガリを見返した。
何も返さないアスランの態度にいらだつカガリは更に言い募る。
「なぜだ!なぜ、お前はザフトになど戻った!!」
「それを言うなら君の方だ…。どうして君が、あんな場所にいる!?君がいるべきはオーブの行政府じゃないのか?」
言い募るカガリに反論するかのようにアスランは詰め寄った。
だが、そんなことに負けるようなカガリではない。
「確かにそうだ!だが、私は今お前に聞いているんだ。話をすり替えるな!!」
カガリのその言葉にアスランは、自分の胸倉を掴んでいたカガリの手を払いのけて、視線をはずした。
「俺はただ…。あの時―プラントに戻った時、自分に何ができるか。そう考えて行動しただけだ…」
「それで、その結果がザフトに戻ることなのか?」
「――そうだ」
自分から視線を外したアスランをカガリは射殺さんばかりの強さで睨みつけていた。
カガリは裏切られたような気がしていた。
代表首長に就任してから、他の年嵩の首長たちと狸の化かしあいのような毎日を過ごすのはカガリにとって骨がおれた。
特に何でも思ったことが顔にでてしまうカガリは、古だぬき達と渡り合うにはいささか分が悪かった。
そんなカガリを表舞台でフォローしたのはキサカであったが、影でカガリを支えたのは他ならぬアスランである。
心から信頼できる部下がほとんどいない中、アスランはオーブのために実によく働いて、カガリを助けた。
出会った頃はかすかな想いをアスランに寄せたこともあったが、今はもうそんな気持ちはきれいさっぱり消えて、信頼の置ける友人、もしくは家族のように思っていた。
だからこそ、カガリには今回のアスランの行動が手ひどい裏切りに思えてならなかった。
「あの機体―お前もダーダネルスにいたんだな」
「ああ…俺は今ミネルバに乗っているからな」
「…あの艦にか…」
怒気を抑えたカガリの問いかけに、アスランは静かに事実を告げる。
そして今度はアスランがカガリへと問いかけた。
「今度は聞いても構わないな。もう一度聞く。どうして君はオーブを出ている?」
「…オーブ国内にいては出来ないことがある…」
その表情はどこかバツが悪そうであったが、実に簡潔に一言、カガリは呟いた。今まで冷静に見えたアスランは、カガリの言葉に表情を一変させた。
「君は何を考えているっ!!何が出来ないことだ!そんなものは他の者に任せておけばいいだろう。代表である君のすべきことは今すぐ国へ帰って、その姿を国民、世界へ見せることだ!」
すでにザフト内では密かにであるが、オーブの代表がフリーダムに攫われたことが知られている。この分では十中八苦、地球軍側にも同じように知られてしまっているだろう。
実質的に国のトップがいないオーブ。 これでは、他国に対して付け入る隙を自ら与えているようなものだ。
今は地球軍側に組しているため、地球軍がオーブをどうこうしようとは思わないであろうが、いつ何時、先の大戦時のようにオーブの軍事力を狙って支配をたくらむ輩がでないとも限らない。
アスランが危惧していたのは、まさにそのことだった。
「ああ、分かってるさ!それが正論だってな!!だが、問題の大本をどうにかしなくちゃ、また同じことの繰り返しになるんだッ!!」
「…どういうことだ…?」
アスランに叫んだカガリの言葉がいまいち理解できなかったアスランは、聞き返した。
するとカガリはしまった、というような顔をしてアスランの問いには答えず沈黙した。
「おいっ!それはどういう意味なんだ、カガリ!!」
カガリは口を真一文字に引き結んで、肩を揺さぶって答えを求めるアスラン黙殺した。
「カガリ!!」
ひときわアスランが大きくカガリの名を呼んだ、その時。
「もうよろしいでしょう、アスラン」
軽やかな、鈴の音のような声がその場に響いた。
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