「あれルナ。おはよう」
久しぶりに陸地にて夜を明かしたシンは、明るいダイニングで先に席へとついていたルナマリアを見ると声をかけた。
「…おはよ」
いつもと変わらず声をかけたつもりのシンであるが、なぜなルナマリアの返す調子は低い。
どうやら虫の居所が悪いらしい。
アカデミーからの付き合いでルナマリアの恐ろしさを身にしみて知っているシンは、触らぬ神に祟りなし、とばかりにあえてそれを指摘せず、異なる話題をふった。
「なあ、議長ってもう発たれたんだろ?」
シンは無難な話題をだしたのだが、静かに朝食をとっていたルナマリアは目をつりあがらせて隣の席へ座ったシンを睨んだ。
「そうよ!!議長はだれかさんと違ってたいそうお忙しい方だから、こんなところでのんびりしている暇なんてないのよ!!」
ルナマリアは語気荒く、シンにがなると朝食にもどる。
シンといえば、いったい何が彼女の逆鱗に触れたのかが理解できず
(なんで俺にどなるんだよ…)
と口には出せない不満を胸のうちにて呟いた。
だが、なんだか『だれかさん』のところがやけに強調されていたような気がした。
「はあー。シンに言ったって仕方ないわよね…。
それより、サクラはどうしたの?」
ルナマリアは至極もっともなことを一人で呟いて納得すると、シンの傍らにいないサクラのことを尋ねた。
「暴れ疲れたっていうか泣き疲れたのかな。今日はまだ寝てるよ」
シンは昨日の様子を思い出して少し眉を寄せて、ルナマリアに答えた。
昨日、議長と握手を交し合うまでは確かに回復したはずのサクラの機嫌も、その直後に急降下し、今度は数時間前とは比べ物にならないくらい暴れて泣いた。
サクラが泣くのは、しばらくぶりのことであったのでシンは非常に困惑させられた。
それに何故だか昨日は、初めて会ったころにサクラが呟いていたように
『ママ、ママ』
と、しきりに母親を呼ぶのだ。
だからこそ、シンは困惑させれたと同時に胸が締め付けられるような思いに駆られた。
データ上にはいないことになっているサクラの母親、および父親。
けれど、サクラがあんなふうに泣く時に限って母のことを呼ぶのだから、父親はわからないとしても、サクラが母というものを知っていることは間違いないだろう。
もし母親がいるのならば、何故あんな幼い子の側にいてやらないのかと憤りを感じるが、サクラがそこまで母を求めるなら、いつか自分が探し出して、会わせてあげよう。
もう母はおろか父にも妹にもに会うことすらできないシンはそう強く思った。
そして、サクラの家族が本当にいないのだとしたら、その時は自分がサクラの本当の家族になろうとも。
「そう…。どうしちゃったのかしらね、サクラは…」
シンの答えにそう返しながらも、あの歌姫に関わることでサクラが変調をきたしているのは間違いがないとルナマリアは考えていた。
だが疑問は残る。
なぜ、サクラはそんな変調をきたすのか。その理由だ。
それはいくら考えても、解明できない謎であった。
そして、そこで会話が途切れ、少し重苦しい雰囲気で朝食を再開したその時。
明るい、けれど聞きなれない声が耳に入ってきた。
「おっ!いたいた。お前らだろ、ミネルバのパイロットって」
見慣れぬ一般兵の軍服を着た背の高い男は、そう言って食事をしていた2人の前に立った。
ザフトに階級がないとはいえ、普通、一般兵は紅の軍服を纏う者たちにこのようになれなれしい口をききはしない。
むしろ、畏まって敬礼までする者すらいる。
そのため、シンとルナマリアは怪訝な表情を隠さず、目の前の男の質問に答えないでいた。
だが男はおもしろそうに笑って、2人の背後に何かを見つけて腕を上げた。
「こっち、こっち。お前がお探しのミネルバのパイロットだぞ」
そして、男の腕につられるように怪訝な表情のまま後を向いた2人はそこに居た人物を見て…。
文字通り…硬直した。
「でね、それで、おかしいったらないの!―」
アスランは朝から疲労困憊というように、げんなりとした様子で片方の腕をミーアに好きなようにさせていた。
朝、目覚めるとなぜか隣に寝ているミーア。
そしてタイミングの悪いことにその場を訪ねて来たルナマリア。
(今日は厄日かー?)
思わずそんな考えがでるほど、今朝は幸先がよくない。
それとも昨日の幸運の反動であろうか。
実は昨日、アスランは議長を追って庭に入った後、直ぐに議長にサクラのことを説明し始めた。
しかし、それは途中で議長によって遮られ、彼はこう告げた。
『タリアからの報告でね、そのことは知っているよ。
確かに、民間人―しかも年端もいかぬ子供を、軍艦に乗船させるなど前代未聞だ。
だが、今は完全に安全な場所などない。
プラントすらそう言えないのは悲しいことだが、それが現実だ。
ならば、あの子の後遺症も考えたならあの艦に乗船している方があの子の為になるのかもしれない』
そう言って、サクラの件に関して議長は黙認してくれることをアスランに約束した。
そして、そのせめてもの代償とばかりにアスランは、何かあった時にはサクラに関しては自分が全責任を負うということを議長に約束してきた。
サクラに対するアスランの感情は、最初と比べて随分変化した。
最初は、シンを過去の自分と重ねて、大切なものを自分自身の手で守れるようにしてやりたかっただけだった。
だが、共に過ごすうちに自分に懐いてくれたサクラを、アスラン自身も守りたいと思うようになった。
だからこそ議長の申し出はアスランにとってとてもありがたかった。
「―で、アスランは今日はどうなさるの?」
突然、ミーアに話をふられたアスランは、意識を現実に引き戻された。
「え、なんです?」
「もう!やっぱり、聞いていらっしゃらなかったのね!!」
アスランの間の抜けた返事にミーアは頬を軽く膨らませると、より一層強い力で、アスランを引っ張る。
「だーかーら!」
ミーアはアスランの腕を取りながらダイニングへと足を進めると先程と同じ事をアスランへ告げようとした。
だが。
「貴様ッ!!復隊したとは一体どいうことだ!!!」」
ダイニングのテラスから差し込む朝日を反射して輝く銀が眩しい人物の、金切り声がそのミーアの声をかき消したのだった。
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