「サクラ!!」
狭い、だが子供にとっては精一杯の歩幅で走りよってくるサクラを、シンは嬉しそうに笑いながら高々と抱き上げた。
「サクラ!」
「ちょっ…シン!!」
喜色満面でサクラを抱えるシンとは対照的に、焦ったように言葉を発したのはアスランとルナマリアだ。
シンはここが何処であるのかすら忘れているようで、2人の様子には気づいていない。
さっさとサクラと会いたいと思っていたルナマリアでさえ、今この場でサクラが登場してくるのはマズイと思った。
サクラのことがミネルバから上の指令系統へどう報告されているのかなど一兵士のルナマリアには知る由もないが、ザフト、ひいてはプラントの最高責任者であるデュランダルにまでサクラのことが伝わっているとは思えない。
ならば、軍の施設であるこの場に民間人、しかも子供がいることなど議長には理解できないにちがいない。
そして何より、議長のあずかり知らぬところで軍艦に子供を搭乗させているということが明らかになれば、その全責任を負うと言ったアスランの進退問題にも関わる。
もちろん、アスランとて予想外のサクラの登場に驚いていた。同時に、この事態をデュランダルにどう説明すればよいかと、頭をフル回転させていた。
「なんだよ、ルナも隊長も」
シンにはなぜ2人がそんなふうに焦ったような表情をして体を硬くしているのか理解できていなかった。
そして腕の中のサクラといえばニコニコとサクラ本来の笑顔を浮かべていた。
「シン…」
そんな中で1人冷静な言葉を発したのはシンのストッパー役のレイであった。
(レイまで…)
などと思いながら、彼の声がした方を向いてみれば、シンもルナマリアやアスランと同じように固まった。
もちろんシンの目に入ったのは、議長であるデュランダルその人だ。
「ぎ、議長、これは…」
アスランがいくらか上ずったような声でデュランダルへと呼びかけたが、まるで彼は、すべて分っているとでも言いたげな微笑を残すと、いまだに固まっているシンへと近づいていった。
「やあ初めまして、小さなレディ」
デュランダルは、シンの腕の中にいたサクラの小さな手をとってまるで、物語のなかの姫にするように軽く頭を下げた。
始めはキョトンとしていたサクラも、自分が挨拶されていることが分るとデュランダルの手をとり、サクラが持てる範囲の彼の指をもって握手をしているつもりになってその指をぶんぶんと振った。
もちろん、シンを始めとするその場にいた者はその様子を呆然としながら眺めることしか出来なかった。
まあレイは「またか…」とでもいうように呆れたような溜め息を一つついていたのだが。
「ああ、アスラン。ラクス嬢と行く前に、ちょっといいかい?」
デュランダルはサクラに挨拶するだけすると、まるで何事もなかったようにアスランへと話しかけた。
アスランは反応が一瞬遅れたが、もちろん直ぐに応じ、正当な理由でもってミーアの腕を解くと、デュランダルを追って、外にある庭園へと入って行った。
そして、レイもデュランダルが去ると同時にもう居る意味はないというようにミネルバへ帰るべくその場を後にしたのだった。
「今のなんだったのかしら…」
ルナマリアの至極もっともな意見に、シンもデュランダルが出て行った方を呆然として見ながら頷いた。
「んもう、アスランてばツレナイんだから!」
そんな状態のシンとルナマリアは、そういえばここには自分達の他にも人がいたことを今更ながらに思い出した。
それはいわずと知れたラクス・クラインである。
彼女は大仰に頬を膨らませて、アスランが行ってしまったほうを見つめていた。
以前プラントで彼女が活躍していたおりシンはオーブにいたため、ヨウランやヴィーノのように彼女のファンと言うわけではなかったし、興味も無かった。
しかしアスランの婚約者ということで少なからずどんな人物なのかということには興味を持ったが、今しがたの行動で彼女に対して友好的な気持ちにはなれないだろうとシンは思った。
いったいどうしてプラントの人々は、このラクス・クラインを女神のように崇め奉るのだろうか。
「あら、この子…」
シンがそんなことを考えていると、ラクスは何かに気づいたらしく抱かれているサクラに近寄って来た。
「これハロだわ!この子、こんなに小さいのに私のファンなのね!」
ラクスが見たのはサクラの腕の中にあるピンクのハロのぬいぐるみであった。
そしてラクスは、サクラの顔をのぞきこんで先程デュランダルがしたようにその小さな手を取ろうとした。
しかし―――。
先程までまじまじとラクスの顔を見ていたサクラの顔つきが豹変し、ラクスの手を振り払った。
「「サクラ!?」」
そしてサクラは嫌々と首を振り、シンの腕から抜け出すように暴れ始めた。
これに慌てたのはシンとルナマリアだ。さっきまで笑顔を振りまいていたサクラが突然、数時間前の状態に戻ってしまったのだから。
「サクラ!一体、どうしたんだよ」
シンは全力で暴れるサクラをひとまず床へと下ろした。
そしてサクラは、振り払われた手を呆然として握り締めているラクスを、涙がうっすら浮いた瞳で睨むようにするとそのままもと来た方向へと走っていってしまった。
「こら!サクラ待て!!」
ラクスのことなどシンの目に入ってはおらず、シンはサクラを追っていった。
残されたのは事態がよく飲み込めていないルナマリアと立ち尽くすラクスの2人。
「なんなのよ、あの子…」
何がなんだか分らないが、自分があの子に好かれていないことを徹底的な態度で示されたラクスは少し忌々しそうに、そう呟いた。
そして、それを横目で見ていたルナマリアはサクラのあの不機嫌いや何かに憤慨してたのは、このラクス・クラインが原因ではないかとその理由を考えるのだった。
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