『よくやった、シン。君のおかげだ』
マハムール基地で、”ガルナハン・ローエングリーンゲート”と呼ばれる渓谷の突破の命を受けたミネルバ一行は地球軍に抵抗するレジスタンスの少女の協力を得て、一見無茶ともとれる作戦を敢行した。
危険な賭けであったが、その作戦は成功し、地球軍に制圧されていた町も開放された。
その最大の功労者であるシンは、作戦終了後も、ミッション成功の歓喜による興奮が中々冷めなかった。
今も、誰も居なくなったロッカールームにて一人余韻に浸ってるのだ。
そしてその興奮と共に、シンの耳に何度も繰り返されるのがアスランのシンを労う言葉である。
(あの人に認めてもらえた…)
かなり難しい作戦を遂行できたこともこの歓喜を増大させた一つの要因であるが、実のところ、シンにとってはアスランの言葉の方がその割合を大きく占めていた。
シンは無意識のうちであっても、そう感じていたのだった。
(やった…!!)
もちろん、アスランが弁護したオーブの理念をシンは再び認めようとは思わないし、インド洋での戦闘で叱責を受けたあの行動が間違いだとは思わない。
だが、確実にシンの中で、アスランに対するものが変化していた。
その発端は、”英雄”と呼ばれ、今でもプラントで色々な意味で名を馳せるアスランへの子供のような憧憬からであったかもしれないし、戦士として目の前で見せ付けられた圧倒的な力への傾倒であったかもしれない。
何はともあれ、その後、シンは天邪鬼な態度を取りながらもアスランへの信頼を強くしていくのであった。
一方、その頃レクルームでは…。
一足早く紅の制服に着替えたアスランが、その膝の上にサクラを乗せ、絵本を読み聞かせているという何ともほのぼのとした光景が広がっていた。
実は作戦終了後、早々に医務室へとサクラを迎えに行ったのはルナマリアであったのだが、急に呼び出しがかかり、その時たまたま偶然会ったアスランにサクラを預けていったのだ。
もちろん、アスランは一人で幼児の相手をしたことも無く、断ろうとしたのだがルナマリアのまくし立てるような言い様に言葉が挟めず、結局引き受けてしまった。
サクラはサクラで、一瞬きょとんとはしていたが、ルナマリアの言葉を正確に汲み取り、自分の今回の遊び相手はアスランだと認識したらしい。
アスランを引っ張るようにしてレクルームへと連れてくると、サクラはぬいぐるみと一緒に持っていた絵本を差し出した。
始めは何を意図した行動なのかよくは分らなかったアスランであるが、グイグイと差し出される絵本に、ようやく『絵本を読んで欲しい』のだと理解したのだ。
「これを読んで欲しいのか?」
サクラにそう尋ねると、サクラは笑顔で頷く。
この歳になって絵本を読む機会があるとは…と、アスランは彼女との懐かしい思い出を胸にその絵本を開いた。
するとサクラは、アスランの膝によじ登り絵本を持つ腕の間に居を落ち着けた。
以前にもこうされたことを思い出したアスランは、観念したように苦笑すると、サクラが持ってきた絵本”茨姫”を読み始めたのだった。
「あら、シン遅かったのね」
レクルームへと続く廊下にてルナマリアはバッタリとシンに出くわした。
シンは医務室から戻ってきた様子で、憮然とした顔をしている。
「ルナ、なんでサクラ先に迎えに行くんだよ」
どうやらルナマリアがシンより先にサクラを迎えに行ってしまったことが、少々拗ねた原因らしい。
ルナマリアはそんなシンの様子にクスッと笑いを一つこぼした。
「あーら、何時までかかっても帰ってこないアンタが悪いんでしょ。隊長はもうとっくに戻って来てるわよ」
そう言われればシンにはぐうの音もでない。確かに今日は自分でもおかしいくらいに歓喜が溢れて、それが静まるのに時間がかかり、戻ってくるのが遅れた自覚があったからだ。
「で…サクラは?」
珍しく反論しないシンにルナマリアは、おや?、と思いながらも丁度アスランに預けたサクラを迎えに行く道中であったことをシンに伝えた。
「ってなんで、わざわざあの人に…」
「仕方ないじゃない、急な呼び出しで、周りにあの人しか人がいなかったんですもの」
アスランにサクラを預けることになった理由を説明しながら、レクルームへの道を進んでいくルナマリアとシン。
シンは仮にも隊長であるアスランにそんな理由で子供の面倒をみさせるルナマリアに、呆れたような溜め息をついた。
「おい、ルナ。あの人仮にも隊長なんだぞ」
「そんなこと、シンに言われなくても知ってるわよ。あの場合は仕方が無かったのよ」
「ルナ!」
「シッ!!」
非難を含んだ少し大きめ声を出したシンは、すぐさま口に人差し指を当てたルナマリアの黙らせられた。
話をしている間にレクルームへと到着し、シンの少し前を歩いていたルナマリアが先に室内に足を踏み入れ、シンの声を制すような行動にでた。
「なんなだよ、ルナ」
突然のその行動に意味が分らず眉を潜めるシンだが、レクルームへと足を踏み入れるをシンにもその理由が分った。
そこには、膝の上で眠るサクラを抱えたまま、自らも寝入ってしまったアスランの姿があった。
傍らにサクラの絵本が置いてあることから、どうやら読み聞かせをしているところであったようだ。
「ふふ、素敵な光景ね。まるで親子みたい」
2人を見てそんな感想をもらしたのは、ルナマリアだった。
「なんだよ、それ」
今までも、レクルームにて同じような状況をサクラとシンで作り出すことはあったが、ルナマリアがこんな感想をもらしたのは今日が初めてだった。
そのため、シンの口調は先程と同じような拗ねた口調になる。
「たった2歳しか違わないけれど、やっぱり隊長はなんかこう”大人”って感じがするのよ。
それに、知らなかった?サクラと隊長の目って同じ翡翠みたいな目だって」
言われて初めて、そういえば…、とアスランの目を思い出した。
「ま、さしずめ、サクラとシンは兄と妹ってところかな」
付け加えるようにそうルナマリアに言われたシンは、”兄と妹”も悪くは無いがなんとはなしに”親子”に敗北感を覚えたのだった。
真実が白昼のもとに晒されていない和やかなひと時。
それでも真実へのカウントダウンは確実に始まっていたのだった。
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