「戦争はヒーローごっこじゃないっ!!」

海でのボギーワンとの戦闘後、格納庫にはアスランの叱責と肌を打つ乾いた音が響く。
シンはその赤い瞳をさらに怒りの炎で染め目の前で厳しい顔をしている上官を睨みすえた。

「その力はむやみやたらに振り回すものじゃない。それを自覚しろ」

アスランはきついシンの眼光にも怯みもしない。そればかりか、シンをきつく戒めた。 そして、それだけを言うと彼はそこから立ち去る。

「なんだよそれ…」

”自分は正しいことをした”と胸をはって言えるのだが、その最後の言葉が少しだけシンの胸を重くしたのもまた事実であった。  



 「もーうシンたら、いい加減にそのぶすっくれた顔をどうにかしなさいよ」  

パイロットスーツから軍服へと着替えた彼らが歩くのは医務室へと続く通路だ。 先程アスランから受けた平手のおかげで少々赤くなったシンの頬。 しかしルナマリアには鬱陶しいことこの上ないのは、その腫れた頬ではなく不機嫌にしかめられたシンの表情であった。

「…」

いつもならこの辺りで反撃が帰ってくるのだが、今日はそんなこともしている余裕が無いほどにいらだっているらしい。

(んもー。ザラ隊長も、もうちょっと言いようがあるでしょうに…)

ルナマリアは先程のアスランのシンへの叱責は妥当なものだと思う。なぜなら上官の命令が絶対の軍の中で、それも戦闘中に指揮官の命令を無視するなど軍人にあるまじき事である。本来であれば厳罰ものだ。
まあ、さすがにあの場で平手打ちというのはシンにとっても屈辱的なものであったと思うが。 それでもシンの自業自得である。
けれど、聞こえてきた去り際のアスランの台詞が、先の大戦を経験している彼だからこそ出た真摯な言葉なのだと思えた。

「そんな顔してるヤツはサクラには会わせられませーん!」

今まで並んで歩いていたルナマリアはそう捨て台詞を残し、突然走り始めた。 もちろんその目指す先は医務室で…。

「ちょっ!ルナ!!」

彼女のその意図をすぐに悟ったシンは急いで後を追ったが、ほんの少しの差で目の前で医務室へ続く扉は閉められた。 どうやらロックまでかけられたらしい。

「あらーサクラ!今日はお絵かきしてたの?上手ねえ!」

廊下にもれ聞こえるのはルナマリアの甲高い声。ワザとシンに聞こえるようにその言い方も大げさだ。

「ルナ!!」

どこか悲痛にも聞こえるシンの呼びかけだが、ルナマリアはそっけない。

「こーんなに可愛いサクラがアンタみたいなブッサイクな顔覚えたらどうすんのよ!? 顔洗って出直してきなさい!」

その声に、シンにとってはレイと同じくらい恐ろしいルナマリアの本気を感じ取ったシンは今は引き下がるしかないと、肩を落として出直すことを決めたようだ。 預けたサクラとすぐに会えないことはシンにとって一大事であったが、今情けない顔をしているという自覚が多少でもあるのでルナマリアの言葉通り出直すことにしたのだ。


「行ったかしら…?」

シンの呼びかけと共に扉を叩く音がしていたが、それが止んだ。
どうやら本当に出直して来るようだ。思わずルナマリアの顔に微笑が浮かんだ。

(根が単純ていうか、素直って言うか…)

シンのことをけなしているんだか褒めているんだかわからない感想を思い浮かべていたルナマリアはスカートの裾を引っ張られる感覚に目をやる。
その視線の先にはサクラが一生懸命、先程ルナマリアが褒めた絵を説明しようとしていた。

「ホントに上手ねー、これはサクラ?」

上手、といっても所詮は幼児が描く絵である。どこかの画家のように緻密であるわけではない。 ただサクラの絵は女の子らしく彩色に富んでいて、何が描かれているかが分かるのだ。
ルナマリアは今ではあまり見る機会も無くなった画用紙の中で一番小さく描かれている人物を指差した。
すると笑顔でサクラは頷いた。

「そっかー。じゃあこっちの人とこっちの人は?」

その様子に幼い頃に妹こうして遊んだ記憶を思い起こしたルナマリアは懐かしい気持ちになりながら、サクラを挟むように描かれた人物を指す。

「……」

答えるサクラの声の出ない唇を読むと”ママ”、”おねーちゃん” と言っているようだ。

「”ママ”と”おねーちゃん”?」

少々、訝しげに聞いたルナマリアであったがそれにもサクラは笑顔でコクコク頷く。
サクラの両隣に描かれた人物の片方は、なるほど、サクラと同じく髪が茶色になっていた。これが”ママ”。 そしてその反対側には桃色の長い髪で黄色の髪留めをして人が描かれている。その色彩と姿にある人物が重なる。

「サクラ…これが”おねーちゃん”?」

もう一度、サクラに問いかけても返って来る答えは同じであった。
サクラは他の絵を説明したいらしく、その小さな指で頭上に描かれている黄緑色の物体をしきりに指している。

(まさかね…)

ルナマリアは桃と黄の色彩から連想された人物の姿を脳裏から払拭すると、サクラとのお遊びに再び熱心に取り組みだしたのだった。