「キラッ、おまえも一緒に来いっ!!」
懐かしい、アスランの姿。
こんな状況なのにキラは思わず成長したアスランの姿にしばし見とれた。
アークエンジェルから勝手にラクスを連れ出してアスランだけを呼び出し、こうして今対峙している。
彼の腕の中にはキラをも優しい言葉で癒してくれた希代の歌姫。
2人の姿は一対の絵のようで。
キラはその眩しさに胸の痛みを感じながら、うっすらと涙が滲み始めた瞳を眇めた。
「僕だって君と戦いたいわけじゃない!でも、でもっ…!!」
そう、それは真実。
一体誰がこの3年間ひと時も忘れられなかったこの世で最も恋しい人と剣を交えたいと思うか。
生来争いごとを好まない性質のキラは尚更だ。
だが。
「あの船には友達が…友達が乗ってるんだ…!」
争いごとを好まないと同時に誰より優しさに満ち溢れているのもキラの性質であった。
そんなキラを誰よりよく知り、誰より慈しんだのは間違いなく目の前で敵として向き合っているアスランに他ならない。
だが今。
それが2人の道を分かつ。
「ならば…次に会った時……俺が、お前を討つ…」
アスランが苦渋の中下した結論。
その声は自分に言い聞かせるように一言、一言を区切りながら。
それは最後通告。
アスランが覚悟を決め、キラもアスランに対する曖昧な戦い方を改めねばならない時。
「僕もだ…」
そのキラの答えが合図となった。
キラは、もう話すことはないと開いていたコックピットのハッチを閉じる。
だが、その一瞬。
キラの唇が動くのをアスランは見た。
それはたった一言。
その唇の動きを読むのはとてもたやすかった。
「キラ…」
アスランは呆然とその名を呟いた。
自分からキラを討つと宣言しておきながらその実、本当の最後通告を突きつけたのはキラのほうだった。
「本当に終わりなんだな…」
キラが最後にアスランに向けて放ったのはたった一言。
『さよなら』
あの桜並木で口にしなかった一言。
あれが最後の別れにならぬように願掛けのような思いで告げなかった別れの言葉。
それが今キラの口から放たれた。
2人は今、本当の別れを選び取った。
「ア、 スランッ…」
ハッチを閉める直前にアスランへ投げた“さよなら”。
それはアスランよりもキラ自身を傷つけていた。
ヘリオポリスを出てから泣いてばかりいたためもう既に枯れ果てたと思っていた涙がキラの頬をとめどなく伝い落ちる。
こんな再会を願って別れの言葉を言わなかったわけじゃない。
こんな状況でアスランに“さよなら”を言わなければならない事態を願ったわけじゃない。
けれど、どうしたってもうアスランとキラの道は分かたれてしまったのだ。
もしかしたら、こうなることはあの別れの日から決まっていたのかもしれない。
「好き…だよ、アスラン…誰より、君が好きだ…」
3年前にアスランに告げるはずだった言葉を遠くなるイージスを見ながらキラは呟く。
“さよなら”と“好き”。
これが、2人があの日封じた言葉たち。
あの日が本当の別れになるのを恐れたから口にしなかった“さよなら”。
絶対に再会したいという思いを込めて伝えなかった互いの“好き”。
“さよなら”はともかく“好き”と2人があの日に口にしていればこの事態は変わっていたかもしれない。
アスランは卑怯と知りながらも、キラの気持ちを逆手にとり自分を危険にさらしてまでもキラを取り戻そうとしたかもしれない。
そしてキラは、自分にアスランが恋焦がれていると知ればそれだけで、アスランを攻撃するなんてことができなくなる。
互いの想いは知っていた。
だが、言葉にしなかったからこそ、その気持ちを無視しつづけることができた。
だからこそ、アスランはあの別れの日を悔やみ、キラは安堵した。
「アスラン…好き……」
聞くものもいないキラの告白は、ただ消えていくばかりだった。
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