『話がしたい…』

もう二度と聞くことはないと思った声がキラの耳を打った。
そして、今。
廃墟と化したオーブの地にはフリーダムの兄弟機から降り立つアスランがいる。 まさか、彼が助けに来てくれるとキラは思いもよらなかった。
生きているとは知っていた。
けれど互いに本気で殺し合いをした者同士、そして友の仇同士。
一体どんな顔をして会えと?
だが、キラにとって本当のことを言えば、トールの仇だとしてもアスランを恋い慕う気持ちは恨みよりも大きくて。
むしろトールのことがあったため余計にアスランへ向かった憎悪が結果的には、どんなことをされてもアスランを憎みきれないという気持ちの再確認になってしまったのだ。
だから自分はいい。
けど彼は?

もし、アスランにあらん限りの憎悪を吐き捨てられたらどうしようか?
もし、アスランに銃口を向けられたらどうしようか?
だが、キラが本当に恐れているのはそんなことではない。
キラが本当に恐れているのは…

(ああ…アスラン、だ…)

アスランが歩き出したため、その直線状にいるキラもアスランにならう。
そしてよく見えてくる互いの顔。
アスランは口を真一文字に引き結んでキラをにらみつけるようにしている。
まだ、本当の意味での仇同士になる前、この地で偶然に出会えた奇跡の時。
その時よりもよほど憔悴したように見えるアスラン。
キラはその表情に胸を締め付けられた。
そんな表情の一因を作ったのが自分であるのかと思うとやりきれない。

一歩、一歩。2人は近づく。

キラたちを遠巻きにできる人垣。
もちろんその中には、アスランを助けた時の様子を話してくれたカガリもいて。
遠目にも心配そうな顔をしているのがわかったから安心させるように笑って見せた。

「………」
「………」

もう2人は手を伸ばせば触れられる距離まで近づいた。
けれど、手を伸ばすことも口を開くことすらしない。
あんなに激しい戦闘の後なのだから、後始末のために多くの人の声が入り乱れて飛び交ってもいいはずなのにあたりはとても静かだ。
そう、あの時の桜並木での別れのように。

(ああ、やっぱりもう愛想を尽かしたのかな…)

自分を厳しい顔で見るだけのアスランの様子に恐れていたことが本当になってしまったのかとキラは思った。
キラが恐れたこと。
それはアスランに罵詈雑言を吐かれることでも、命を奪われそうになることでもなんでもなかった。 キラが真実恐れたのはただひとつ。
アスランから自分に向かう“好き”という気持ちがなくなってしまうことだった。 おこがましい願いだとしても、例え憎まれてもその中に一欠けらでも自分に対する恋情があればキラはよかった。
だから、今。
キラはそれを恐れている。

『トリィ!』

ただ見つめあう時間が過ぎる中、聞き慣れた人口の鳴き声が響く。
それはアスランとキラの頭上を旋回して、行儀よく差し出されたキラの人差し指に止まった。

『トリィ』

首を傾げる機会鳥はあの約束の証。
しきりにアスランとキラの交互をみやるトリィはまるでアスランに話し掛けろと促しているようにキラには見えた。
けれど、アスランに掛ける最初の一言が口を出ない。

「あの日…」
「え…?」

口火を切ったのはアスランだった。
その声は微かに震えていたけれど、緊張しきったキラは微塵もそんなことに気づかなかった。

「あの日、約束した…お前の言いたいことを…聞かせて欲しい…」


”あの日―――”

キラとて1日たりとも忘れたことのない、別れの日。
あれが2人にとって最後の逢瀬にならぬよう願いを込めて、キラはアスランに再会した時に聞かせたいことがあると言った。
それは、告白の約束。
互いに恋うていることは分かっていた。
だが2人は口にだして言い出したことは無く、ずっとただの幼馴染のままだった。
その関係に終止符を打ち、新しい2人の関係を築くために必要だった大切な儀式は、再会した時にされるはずだったのだ。
結局その約束は戦場での再会という思ってもみなかった事態によって果たされることはなく。
約束を交わした時に言わなかったサヨナラをアスランへと告げたあの日、キラは人知れず宇宙へと自分の想いを言い置いてきた。
その時に完全に2人の進む道は分かたれて、自分の想いを打ち明ける時など永遠に来ないと思ったからだ。
けれど今。
他ならぬアスランが約束を果たせと言う。

「…ア、スラン…?」
「…聞かせて…欲しいんだ……」

思わぬことを告げられ戸惑うキラに対して、どこか苦しげな表情を浮かべるアスラン。
キラはいくらか逡巡したがそんなアスランを暫く見つめた後、諦めたように微笑を浮かべた。
キラの告白を聞きたいと言うアスランの真意などキラには皆目検討もつかない。
もしかしたらキラが恐れたようにアスランの中にキラを想う気持ちは一片もなく、彼の戦友を奪ったキラを絶望の淵に落とすために気持ちを確かめようとしているのかもしれない。
そんな恐れがキラの心によぎるが、それも仕方がないとキラは思ってしまった。

(君が望むとおりに…)

アスランを殊更に傷つけてしまったという自覚があるキラは、もうこれ以上彼をわずらわせたくないという思いと、これ以上彼に疎まれたくないという想いでアスランの望みどおりにあの約束の言葉を口にした。

「…好き、だよ…。君が誰より好き。今も昔も変わらない。君だけ…アス、ランだけ、が…」

キラはアスランの視線を真正面から見据え、微笑みさえ浮かべながら告白した。
けれどそれも初めのうちだけで、段々とキラの言葉は途切れ途切れになる。
もう、最後は泣き笑いの表情になって。
告白を聞いて目を見張るアスランの姿を映したキラの瞳は涙でにじみ始め、最後の言葉を続けようとしたときには涙で前が見えなくなっていた。

「キ、ラ…」

瞳を閉じてしまったキラは、自分の名を呼ぶアスランの声と共に懐かしい温度を持つ手が頬に添えられたのを肌で感じた。
そして痛い位にだきしめられる。

「…アス、ラ、ン……」

嗚咽まじりで懐かしい名前を呼ぶキラ。
先程までごちゃごちゃと考えていたことはアスランの腕が全て攫っていってしまって、もうキラは目の前にいる恋い慕う相手のことしか考えられなかった。

「アス、ラン…アスラン、アスラン…!」

壊れた機械のようにアスランの名前しか出てこないキラの唇。
アスランは名前を呼ばれるたびにキラを抱く腕の強さに力が入ることを自覚していた。
キラにとってその腕の強さはどんなにつよくなっても嫌になるものではなく、強ければ強いほどキラを幸福にさせた。

「キラ…」

万感の想いを込めてキラを呼んだアスランは、抱きしめていたキラの顔を上げさせ今だ涙を流すキラと額をあわせる。
こつん、と額をあわせる音がして互いの吐息が交わる。

「キラ…俺と、また一緒に生きてくれないか…?」
「ア、アスラン…?」

アスランの吐息のような声がキラに降る。
その言葉の意味をキラは信じられず、思わずアスランを凝視した。

「俺は…どんなことをしてもお前を失くしたくない…。例えそれが道理に反する道であろうとお前が隣に居るのならそれで構わないから…」
「…アスラン」
「無茶を言っているのは知っている…でも…俺と一緒に生きてくれ…キラ」

祈りを捧げるようにキラに請うアスラン。
キラはまた新しい涙を流して口を開く。
それは新しい2人の未来を切り開くための答え。
そしてその涙は先程の絶望に染められた涙でなく、歓喜を含んだ涙。

「アスラン…僕は……」

ねえ、アスラン。
僕が言ったこと、君にも言って欲しいよ。
ねえ、言ってくれる?
時間はいくらでもあるから…。
君が今、そう願ってくれたから…


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