コズミックイラ72。多くの犠牲を払ってようやく今、悲劇の舞台となった
ユニウスセブンにて地球連合軍とプラントの間に停戦条約結ばれた・・・。

「ジュール隊長」

紅の軍服を着た年若い女性兵士―シホ・ハーネンフースに名を呼ばれ立ち止
まったのは流れる銀の髪が美しいイザーク・ジュールであった。

「なんだ?」

今しがた、停戦条約を結びに来たカナーバ臨時議長をプラントからここユニウスセブン
に送って来たのが、イザーク率いるジュール隊であった。
イザークは自身も戦後処理にあたり多忙を極めていたため、その任務を他の隊に任せるよ
う手配したのだが、カナーバ議員の強固な要請にさすがのイザークも折れ、この任務に
ついたのだった。

「ハッ。カナーバ臨時議長より言伝を預かってまいりました。停戦条約さえ結ばれれば帰りは
護衛も不要になるだろうから先に帰投してもかまわない、とのことです」

イザークは溜め息をついた。帰りの護衛が不要になることを知っていながら、わざわざ多忙を
極めていた自分に彼女が無理を言ったとするなら、考えられることはただ一つ。

「そしてもう一つ。”先ほどのことをもう一度考えてみてくれないか”とも仰っていました。
隊長に伝えれば分るはずだ、と」

その言葉を聞きイザークは、やはりと眉間に深い皺を刻んだ。

「わかった。ジュール隊はこれより30分後にユニウスセブンを出る。そのように他の者にも
伝えておけ」
「ハッ」

隊長らしい威厳のある声で命令を下すと、イザークは停戦条約のために特設で設けられた調停場 の展望室から見える悲劇の名残を眺めた。
いつもと変わらぬ態度を取ってはいるが、その姿はどこか寂しげでシホはイザークに再び声をか けようとしたが、この人は部下に弱音など決して吐かないということを思い出し、歯がゆさを感 じながらもその場を黙って後にした。

シホが去っていくと、イザークはまたその場に一人になった。丁度その時間に地球・プラントの 代表者が条約の内容を確認するために会見をしていたので、調停場にきた人々はそちらに押しか けているらしくイザークがいる場には誰もいなかった。そのため、あたりはとても静かだ。
イザークはそんな中で、目を閉じカナーバ臨時議長―アイリーンの言葉を思い出していた。

”貴方に評議員の仕事を頼みたいの”

彼女は単刀直入にイザークにそう切り出した。
なんの冗談を言い出すのかと思えば、彼女は至って本気であった。

”今の評議会はプラント市民の信頼を完全に失ってしまっているわ。ザラ派を止められなかった 私たち旧議員では彼らの信頼を勝ち取ることは難しいの。だから、この戦いをその身で体験して、 プラントを守った若い貴方に頼みたいの”

たしかにイザークはかつて赤を纏った同僚たちとザフトの広告塔として役割を担っていたから、 プラントでの知名度は抜群にあり、彼がヤキンドゥーエ攻防戦で大きな功績を挙げていることも よく知られていた。
しかし、イザークは否の返事を即座に返した。
どんなに知名度があり、ヤキンで功績を挙げ生き残った軍人であったとしても、イザークは戦争を 拡大させたザラ派のエザリア・ジュールの子なのだ。彼の母は、戦犯として捕らえられ生涯軟禁生活 を強いられることが決まっている。それなのに、その子のイザークが議員に就くなんてプラント市民 は受け入れないだろう。

「議員だなどと、誰が受け入れれるのか・・・」

仮にもしそれをプラント市民が受け入れてイザークが議員になったとしても、この大戦で仲間を失う苦しみや 戦争の不条理さを経験したイザークには、何のためにその職務を全うするのか、もう分らなかった。あの頃― クルーゼ隊に入隊した頃ならば迷いなど微塵も無かった。何の為に職務を全うし、何のために命を懸けるかなど。

プラントのため。同胞のため。母のため。そして・・・。
イザークはそこで自分の心によぎった影に気づいてしまった。

「馬鹿らしい・・・」

鼻で笑って皮肉を口にしたが、その声は掠れていた。その理由は本人が一番良く知っている。
いつも、いつも傍にあったぬくもりが無い。ただそれだけのことだ。 ただそれだけのコトにこんなにも打ちのめされている自分を認めたくなかった。
だが、認めてしまえば簡単なこと。
心によぎった影と久方ぶりに会い見え、この身が、心が、深く安堵の息をもらしたのは紛れも無い事実。
己の知らぬ者と親しげに言葉を交わすその姿にどうしよもない寂しさを覚えたのも事実。
そして何より、この身があの影を恋しく求めるのも・・・また事実。

「馬鹿だな・・・私は」

あんなにも傍にあった時にもっと素直になれていたらこんなことにはならなかったのかもしれない。
そう、イザークは滅多にしない後悔をしていた。
おそらく彼はあのまま、あの船に残っているのだろう。そしてもう二度と自分の傍に帰ってなど・・・ 否、来てはくれないだろう。もともと、彼の居場所が自分の傍だと決められているわけではないのだから。

そんなふうに考えると、イザークのアイスブルーの瞳が俄かに潤んだ。
傍らにいない彼を思って・・・・。 そしてその目尻からツウっと涙が一筋流れた、その時。

「なにしてんのさ、イザーク」

ここにあるはずの無い声音がイザークの耳をうった。イザークはすぐさま振り向き声の主をまじまじと見た。 そこにはたった今まで思い描いていた彼―ディアッカが記憶と変わらぬ紅い軍服に身を包んでそこにいた。 そんなイザークの様子にディアッカは苦笑すると、ゆっくりとイザークに近づいた。

「そんな驚くなよ」

イザークは未だに自分の目で見ていることを信じられず、身動きが取れなかった。ディアッカは微笑みながら イザークの傍に来ると、その頬に一筋の涙の跡が見て取れ、少し下にある彼の瞳が不安で揺れているのが分った。 そしてその肩が微かに震えていることも。 頭で考えるより先にディアッカの体は動き、目の前にある細い身を抱きしめた。
ディアッカの存在を自らが作り出した幻なのでは、と疑っていたイザークも肌で感じる温もりにようやくこれが 現実なのだと信じることができ、自然に自分を抱きしめる逞しい背に腕を回し、頬を彼の胸にうずめた。

「ごめんな、イザーク・・・」

その謝罪にはたくさんの意味を込めて。言葉では言い表せない思いを抱きしめる腕の強さに込めて。
ディアッカはイザークを抱きしめたまま彼の耳元にそうささやく。
お互いに余計な言葉など要らない。
そう言うように、静かに抱きしめあう二人。
けれど、互いが互いを抱きしめるその強さは”もう離れない”と気持ちを如実に表していた。

「イザーク・・・ただいま」

ディアッカは至上の喜びを込めて腕の中に閉じ込めたイザークに言った。
イザークはその言葉を聞くと、またその瞳から結晶のような涙を一粒流したが、実に彼らしくこう返した。

「遅いぞ、馬鹿者」

と。


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*スノーフレーク*無垢な心