「父はたぶん深刻に考えすぎなんだと思う―――」
桜舞い散る並木道。
最後の別れを言うためにアスランは母に言ってキラと2人でターミナルを抜け出してきていた。
ターミナルの直ぐ側には、地球のある民族が殊更に愛した満開の桜が咲き誇っている。
決まって春に咲くこの木々は、彼らの春の象徴でもあったらしい。
春は出会いと別れの季節。
そんなことを意識などしたことがなかったアスランとキラだったが、初めてその言葉を意識することになったのは皮肉にも自分たちが離れなければならなくなってからだった。
「プラントと地球で戦争になんてならないよ」
先程から俯いたままのキラに色々とアスランは言い募るが、キラは顔を上げてはくれない。
きっとその顔は涙が滲んでいるのだろう。
だから余計な心配をかけたくないと、キラは必死にその顔を自分から背けているのだとアスランには分かっていた。
意地っ張りだが優しい幼馴染はこんな時まで健在だ。
「でも避難しろと言われたら、行かないわけにもいかないし…」
本当はこんなことを言いたいわけではない。
もっとちゃんと伝えたいことがあって、わざわざキラを連れてターミナルから抜け出してきたのだ。
だけど口から出るのは全然ちがう言葉たちで。
アスランは舞い落ちてくる薄紅色の花弁にすら八つ当たりをしてしまいたくなってくる。
「キラもそのうちプラントへ来るんだろう?」
それは無理だと分かっていた。
ナチュラルの両親を捨てることなんてキラにはできない。
だから、どうやったて無理なのだ。
けれど縋る思いでアスランはそう聞いた。
「………」
するとようやくキラが顔を上げた。
やはりその大きな瞳には涙が浮かんでいたが、それは雫となって頬を伝わってはいなかった。
キラは、アスランの問いかけに無理に微笑んで小さく首を振る。
「そっか……」
分かっていたことだとはいえ、一縷の希望すら断たれてしまった。
そして沈黙が落ちる。
はらはら舞い落ちる花弁の音すら聞こえてしまいそうな静寂。
本当は、アスランは自分の気持ちを伝えるためにキラをここに連れ出してきたのだ。
だが再会できる日が来ることすら定かでないことが決定的になってしまった今。
その想いを伝えることをアスランは躊躇っていた。
聡明な子供であるアスランは、自分の想いを伝えることで優しいキラを自分に縛り付けてしまうことをおそれたのだ。
「次に……」
「え……?」
葛藤しているアスランを尻目に唐突に口を開いたのはキラだ。
キラは何かを決心したような面持ちでアスランを見つめていた。
「次にあった時に、アスランに言いたいことがあるんだ」
キラはじっとアスランを見て、そう言った。
うっすらと頬を染めたキラはアスランの欲目を抜きにしてもとても美しかった。
「次…か?…今じゃなくて?」
キラの言葉にアスランは聞き返した。
”今”ではなく”次”。
キラはアスランの問いかけに頷いた。
「うん。次に会えた時…。その時には言うから…ちゃんと…」
その言いようにアスランは、やっとキラが何を言わんとしているか理解した。
おそらくキラも自分と同じことを言いたかったのだろう。
それを理解したアスランはキラと同じように頬を染めた。
「だから…待ってて?」
もうすでに、実際に2人には言葉なんて必要じゃなかった。
なぜなら2人もお互いの気持ちなんて今のやり取りで知れていたから。
けれど、それを再会の約束に代えて。
「うん。楽しみに待ってる…と、そうだ…」
アスランがキラにしか見せない魅力的な笑顔を向けると、何かしら思い出したアスランはごそごそと荷物からあるものを取り出した。
「はい、これ」
「これって…アスラン…」
アスランが取り出したのは翠の機械鳥。
『トリィ』
いつかキラが作りたいと言っていたマイクロユニット。
「首傾げて、鳴いて、飛ぶよ?」
その時にキラが望んだ条件を完璧に復唱してみせたアスランはキラにそのマイクロユニットを差し出した。
キラはそれを受け取ると、今まで堪えていた涙が頬を伝うのを感じた。
『笑って見送りしようって決めたのに…』
どこまでも自分のことを考えてくれるアスランの想いにキラは心で呟く。
「再会の目印に、ね?」
アスランはキラのそんな様子にも笑って、涙を拭ってくれた。
「ありがと、アスラン」
いろんな感謝を込めてキラは言った。
アスランはキラの謝辞を変わらぬ笑みを湛えたまま、「どういたしまして」と少しおどけていってみせた。
本当は離れたくなんかなくて。
でも2人は所詮は子供で、どうすることもできなくて。
ただ、再会の約束をすることしかできなかった。
だから、2人はこの時言うべきだった2つの言葉たちを言わなかった。
それはただの願掛けに過ぎなかったのだけれど。
この時2人は決して口にはしなかった。
それをアスランが心から悔い、キラが心から安堵したのは3年後のこと。
だが今、2人は自分たちを待ち受ける過酷な未来など知る由もなかった。
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*桜*優れた美人
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