「名はその存在を示すものだ・・・」

唐突に話を振られ、困惑しているオーブの随員―アレックスにかまうことなく話を進めるデュランダル議長。

「・・・ならばもし、それが偽りだったとしたら?それはその存在そのものも偽り――― ということになるのかな?」

話が進むにつれ、眉間を曇らせるアレックス。

(・・・やはり気づいて・・・)

「アレックス・・・いやアスラン・ザラ君?」

デュランダルの言葉に、戦闘中であるにも関わらずブリッジは静寂に包まれた。
グラディス艦長はまさかという思いに息を呑み、副長のアーサーはあんぐりと口をあけている。

”アスラン・ザラ”。その名を知らぬ者は、プラント内にはほとんどいないだろう。
先の大戦時、当時最高評議会議員であったパトリック・ザラの嫡子で、エリート揃いといわれたクルーゼ隊で トップ・ガンとして活躍し、地球軍の”ストライク”を落とした英雄。その功績を讃えられてネビュラ勲章を 授与されるが、その直後。
プラント国民にとって平和の象徴であり、彼の婚約者でもあったラクス・クラインがオーブと共に第三勢力を 立ち上げると、彼もそれに従った。
本来ならば「裏切り者」と罵られても仕方の無い行動であったが、それは真の平和へと導こうとした婚約者のラクスを 守るためにしたことであったのだと人々は理解し、彼を真の”英雄”として賞賛していた。
しかしながら戦後、彼はアイリーン・カナーバ議員の計らいによって密かにオーブへ亡命し、表舞台から一切姿を消し 彼と歌姫の帰還を待つプラントへも帰ってこようとはしなかった。

それゆえにデュランダルの言葉はブリッジに衝撃をはしらせた。
この2年間姿をくらませていた彼が何故、オーブ代表の随員なぞを勤めているのか。

「議長、私の随員をそのようにからかわないでいただきたい」
「からかってなどおりませんよ、姫。私は以前、彼とお会いしたことがあるのです。 彼がまだクルーゼ隊に配属されていた頃にね。それに姫。私は今アスラン君に問いかけているのです。 姫といえども邪魔をしないで頂きたい」

デュランダルは今にも飛び掛りそうな勢いで自分を睨みつけていたカガリに、冷たい一瞥をくれ
アスランへと視線を戻した。

「なっ・・・」

カガリはデュランダルのその態度にさらに言い募ろうとしたが、渦中の人物がすっと腕を上げて
彼女を制した。

「ア・・・」

自分を止めた彼の名を呼ぼうとしたが、名を呼ぶことはできない。
カガリは、何もしてやれないことを情けなく思いその唇をかんだ。

アレックス----否、アスランは一旦瞳を閉じ、改めて目の前のデュランダルを見た。
その瞳を見たデュランダルは微かにその口元に笑みを浮かべる。
アスランの瞳がもう一度デュランダルをとらえた時、もうそこにオーブの随員と名乗った
アレックス・ディノはいなかった。
そこにいたのは今も憧れと賞賛をこめて”英雄”と呼ばれる、彼。
アスラン・ザラ、その人であった。

「議長」
「・・・なんだね?」

耳に心地よい声音が沈黙を破る。
ブリッジは静かに固唾を飲んで二人のやり取りを見守る。

「それはアレックス・ディノの名が偽りならばアスラン・ザラとしての存在までも偽りということですか」

彼の口から自分が”アスラン。ザラ”であると認める発言をしたことで、再度クルー達は驚きに
目を見開く。

「さあ、どうだろう?それは君が決めることではないかな」

アスランの問いかけに、デュランダルはのらりくらりとした曖昧な返事を返す。
理由は皆目見当も付かないが、彼はどうしてもアスランの意見を引きずり出したいらしい。
その瞳はまるでアスランを挑発するように彼の答えを待っている。

「それなら、今の私は””偽りの存在”でしょうね」

アスランはキッパリと、そう断言した。それに驚いたのは隣にいたカガリだ。

「お前ッ・・・!」
「・・・ほう。君は今の自分の存在を”偽り”と言ってしまうのかい?」

彼のあまりにもハッキリとした口調に叱咤するように声をあげるカガリと対照的に
口元にアルカイックスマイルをたたえ、おもしろがるように先を促すデュランダル。

「ええ。今の私には”アスラン・ザラ”である理由がありませんから」

どこか自嘲的な微笑みと共にアスランは言い切る。
そしてその言葉を聞き彼が何を言わんとしているのかを理解してしまったカガリは哀れみに満ちた 瞳で彼を見つめた。

「”レーゾン・デートル”・・・か。君がそこまで拘るモノは、一体何であるのだろうね」

デュランダルはそう独り言で自分に問いかけるように疑問を口にした。
しかしそれにアスランが答えを返すことはなかった。
デュランダルはアスランの態度に別段腹を立てるでもなく、目の前で繰り広げられている戦闘の経過に 集中していった。

「アスラン・・・」
「・・・今は何も言わないでくれ・・・」
慰めるようなカガリの声にも返ってくるのは力の無い拒否。
カガリも彼のこのような姿の原因が分っているだけに、それ以上は何も言えない。
”アスラン・ザラ”の存在理由。それが、原因。

(キラ・・・何処にいるんだ)

心内でアスランが繰り返すのは唯一つの名前のみ。それだけを2年前のあの日から繰り返している。 かけがえのない彼の半身―キラ・ヤマトが消えたその日から。
希うのは彼の帰還だけ、それだけしか望んでいない。

(だってお前だけが、俺の、アスラン・ザラの”レーゾン・デートル”・・・・なんだから)







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