「無理を承知でお願いします。私にもモビルスーツをお貸しください」

ユニウスセブンの地球落下に慌てふためくブリッジにてアスランは艦長であるタリアに そう言い募っていた。

「今は民間人である貴方に、そんな許可が出ると思って?」

 パイロット不足の現状で願っても無い申し出であるが、実質的に脱走者として扱われている アスラン自身のことを思ってタリアは彼が反論できない正論を突きつける。

「ですが――――」

そのタリアの言葉に言い返せないアスランであるが、その瞳はもうすでに決意で固まっていた。

「いいだろう。私が許可しよう」

二人の話に割って入ったのは議長であるデュランダルの許可の声。
それまで向かい合って攻防を繰り広げていた二人は、その声に弾かれるように彼を凝視する。

「議長権限の特例として―腕が確かなのは、君だって知っているだろう?」

咎めようとしたタリアに微笑み、議長権限を切り出してアスランに向き直る。

「さあ行くといいよ、アスラン。―君のため、否、君の大切な者のため、にね」

デュランダルは喰えない笑みを浮かべたままアスランに意味深な言葉を投げた。
アスランはその議長に一礼すると、すぐさま踵を返してドッグへと向かった。
それゆえに、幸か不幸か口角を吊り上げた彼の微笑を見たものは誰もいなかった。

(君に危害なんて加えさせないよ。大丈夫、安心して地球で待っておいで。キラ―)

アスランは微笑を浮かべたまま、一人ドッグへと急いだのだった。




2年前。俺たち、後に第3勢力と呼ばれることとなったアークエンジェル及びエターナルの面々は オーブ元首となったカガリについて、オーブへと身を寄せた。
戦闘で自分がキラを殺したという事実を目の当たりにして、ようやくキラへの気持ちがただの友情では無い ということを悟った俺は、キラと共に戦うことになってすぐに気持ちを伝えた。
受け入れてくれかどうか不安だったが、キラは頬を染めながら「僕も―」と可愛らしいことを言ってくれた。
戦闘が激しくなってもキラと俺の間には何の隔たりも無く、昔のような笑みを向けてくれるようにもなった。
だが―――――。

「でね、その時ミリアリアが―――」
「うん。ラクスには感謝してる」
「あ、ごめんねアスラン。ちょっとドッグの方に呼ばれてて」

俺の中の歯車が狂い始めたのはそれからだったと思う。
俺の知らないお前の友人、知人。俺の知らない、お前の思い出。
全てを共有していたあの頃とは違うのだと、まざまざと思い知らされた瞬間。
お前には何の思惑も無いということは、その瞳を見れば一目瞭然で。
例えその手を血に染めたとしても、お前が俺の聖域であることは変わりがなくて、あふれ出す醜い嫉妬を お前にぶつけてはいけないと精一杯の忍耐で耐えていたんだ。
その嫉妬を心の中に押し隠して、笑顔でお前に答える。
そんなことは知らなかっただろう?
だから早く俺だけをお前の瞳に写したくて、わざと、人があまり住んでいない所で暮らす手筈を整えた。 お前は疑いなど全く持たずに俺に付いてきた。2人で暮らしていて、俺の我慢も限界で、お前の体を組み敷いた。 罪悪感が強くもあったが、我慢を強いられた分だけ欲望がそれに勝っていた。
お前は初めこそ戸惑ったものの、受け入れてくれてすぐに快感に従順になった。 だが、お前は”俺だけ”を見てはくれなかった。

「ねえ、次に皆と会えるのは何時かな?」

情事後の甘いけだるさの中で、俺の胸でそんなことをいうお前。
そんなことを言って俺を揺り動かさないでくれよ、キラ。
せっかくあの醜い気持ちを奥底に静めたのに、お前の為にしたのに、それをお前が暴くのか?
このままでは、お前を傷つけてしまいそうで、自分が自分で怖くなった。
だからお前の傍だけにいることが怖くて、せめて昼間だけでも、ともっともらしい理由をつけてカガリの所で働くことにした。

「キラ。俺、カガリの所で働こうかと思うんだ」

その時のお前の顔といったらどうだろう。俺がどれほど嬉しかったか分るかキラ?
笑ってはいるが、その笑顔が無理をしていることは明白で、瞳は悲しみの色を表していた。
その時、俺は自分の昏い欲望が満たされたのを感じたよ。だから試してみたんだ。

「今日はカガリが・・・・」
「知ってるか、キラ?モルゲンレーテのシモンズさんが・・・」
「すまないキラ。明日から暫く家を空けなくてはいけないんだ」

ねえキラ。お前はおもしろいぐらいに俺の罠に嵌ってくれたね。
お前のその泣き出しそうに歪められながらもの精一杯の笑顔。
すごく可愛かったよキラ。可愛くて可愛くて、本当に可愛さで人を殺せるなら俺は命が何度あっても足りなかっただろうね。
だからその可愛さが消えないように、魔法をかけたんだよ。
可愛いお前が外に飛び出してしまわないように、ね。
その甲斐あってお前は外にはでなっただろう? カガリやラクスはお前に会わせろとしつこかったが、適当な理由をつけていつも追い返していたんだ。 それが裏目に出るとはな。
あの日はな、キラ。
お前に電話をした後、カガリに突然仕事をいい付けられて、すぐに帰れなったんだ。
その間に忌々しいことに、カガリはお前に会いに行った。
お前に何を言ったのかは知らないが、直ぐにカガリは帰って来て俺を殴りに来たよ。

「キラに何をした!!」

そう怒鳴ってね。
まあ何をしたと言われても、キラに魔法をかけた、としか答えなったけどな。
そういう魂胆なら、とすぐにお前の元へ帰ったがもうお前はそこにいなかった。
俺は驚いたさ、お前が自分で外に出られるはずがないからな。
そして、追ってきたカガリに自分の後にラクスが訪ねてきたはずだと告げられたよ。
だから直ぐにラクスがお前を連れ出して行ったのだとわかった。
元からラクスは俺とキラの同棲に、言葉にこそしなくとも反対していたからな。

「アスラン―もう、キラを自由にしてくれ」

カガリは、自失している俺にそんなことを言った。
だが、直ぐに冷静になった俺はもう一度キラをこの手に取り戻すための算段を付け始めた。
それには、今はおとなしく、カガリの言葉に乗ったほうが利口だということを悟ったよ。

ねえ、キラ。今お前は幸せかい?そんなわけは無いよね。
きっとお前のコトだから寂しさで死にそうになっているかもしれないね。
例え、相手の気持ちが自分に向かわなくても、穏やかな気持ちで相手の幸せを願えるものが”愛”だというのなら、月で共に過ごしたあの日々、俺はお前を愛していたのだろう。
だが、今は違う。
お前の全てが俺を向いていないと我慢できない。お前が他人の姿をその瞳に映すだけで 俺は恐ろしいくらいの嫉妬に襲われる。
このドロドロした感情を含むものは昇華された”愛”ではなく、初々しい”恋”でもないだろう。
なんと言えばいいのかは分らないが、お前の全てに執着していて、全てを束縛したいんだ。
お前もわかってくれるだろう?キラ。





久々のパイロットスーツを纏い、ハッチの中でに身を沈める。 進路の先に見える、果ての無い星空。

「キラ・・・」

万感の思いを込めて、その名を音にのせる。
そして直ぐにランプがグリーンに変わって発信の準備を促す。

「・・・・・・アスラン・ザラ、出る!!」

破綻した恋情は今、再び動き始めた。

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*竜胆*悲しんでる貴方が好き