「…なんで君が僕の家にいるの…?」

雲雀が仕事から帰宅すると何故か自宅のソファには我が物顔で六道骸がくつろいでいた。
確かに出かける時には施錠して家を出て、雲雀は今もその鍵を開けて入ってきている。 仮にもイタリア最大のマフィア・ボンゴレの幹部である者の自宅であるから、セキュリティは万全で、そうやすやすと侵入者を許すような造りはしていない。
だが、そんなことは目の前にいる男には関係ないようだ。
これは今日に限ったことでなく雲雀が諦める位には頻繁に起こる出来事であり、始めのうちは躍起になって骸の侵入を阻止しようとしてた雲雀もここ最近は諦めの境地に達していた。

「クフフ…久しぶりに会った恋人にそんな言葉とは冷たいですね、雲雀くん」

骸を見たとたんに嫌そうに顔をしかめた雲雀に、骸は笑いながら言う。
雲雀は彼の恋人などにはなったつもりなど毛頭なかったが、骸は何故か十年も前から雲雀の自称・恋人だ。

「君の恋人なんておぞましいものになった覚えはこれっぽちも無いんだけれど?」

もう何度目になるかわからならない台詞を口にしながら雲雀は腰に下げていた相棒のトンファーを骸の顔目掛けて突き出す。そのまま殴ってもよかったのだが、万が一(雲雀はほとんどその可能性などありえないと分かっていたが)これが元で仕事に差しさわりなどがあればファミリーの幹部として、それは喜ばしい事態ではないため一応寸止めにしてやった。
だが骸はそれに瞬きすらせずニコニコと笑っている。

「…馬鹿らしい…」

雲雀は暖簾に腕押しをしている気持ちになり、つまらなそうに呟くとトンファーを引いた。
だが、その雲雀のトンファーに何かを見つけたのか骸は興味深げな顔をして雲雀をまじまじと見つめる。

「ああ…お仕事だったんですね」

骸が雲雀のトンファーに見つけたのはうっすらと残る血の赤い跡であった。
よくよく見てみると葬式にでも参列してきたのかと錯覚させるように全身を黒で統一していた雲雀の服にも血が乾いて変色したと思われる箇所がいくつかある。
骸の視線と問いで自分の姿とトンファーを見た雲雀は、血の跡を見て「ああ、これ」と言う。

「これは全部返り血だね…一応、気をつけてはいたのに」

雲雀はさも、その返り血が不快だと言う様に一番上に纏っていたコートを脱ぐと無造作に部屋のゴミ箱へと投げ入れた。

「血を浴びると美しさを保つことができるというのは本当かもしれませんね」

雲雀の一連の動作を何も言わず見ていた骸は唐突にそんなことを言いだした。
雲雀にとってはまったく理解不能な言葉をつむぐ骸を怪訝な顔で仰ぐと、骸は至極真面目な顔をして雲雀を見つめて続けた。

「君は別に頓着しているわけではないでしょうが、血を浴びる君は年を追うごとに美しくなってますよ。”彼女”がこれを知れば殊更喜ぶでしょうに…」
「”彼女”?」

聞き返すつもりなどなかった雲雀だが、珍しく骸の口から自分以外の者の話題が出たので思わず鸚鵡返しに骸の言葉を呟いてしまっていた。骸は珍しい雲雀の態度も目に入らないのか、どこか遠くを見つめて昔を懐かしむようにただその問いに答える。

「ええ。エリザベートと言いまして、名のしれた僕の知人なのですが…ご存知ありませんか?」
「そんな名前の人間は僕の記憶にはないね。もっとも君と共通の知り合いなんているはずないだろ」

雲雀の返答に「そうですか」とだけこぼした骸は、「奇妙なことです」と言って彼の話を続けた。

「”彼女”が作った道具は世界中が知っているというのに…
「…道具だって?」
「ええ。ご存じないですか?”鉄の処女”といいまして…」

一応、途中まで聞いてしまった手前、”彼女”が誰だか気になった雲雀は骸の話を聞いていたが、”鉄の処女”という単語を聞いたとたん「ちょっと待ちなよ」と言って骸の話を遮る。

「もしかしなくても君が言うエリザベートは、あの伯爵夫人のことかい?」

あの伯爵夫人。骸が言うのが、中世ヨーロッパで拷問道具として用いられた”鉄の処女”をもっと惨たらしく改造させて、今日知られるあの形を作ったと言われている人物だということを雲雀は頭が痛くなりながらも理解した。
問われた骸は、こめかみを押さえてうっすらと青筋さえ立て始めた雲雀に気づくことなく何でもないことのように言った。

「おや、やはりご存知でしたか?」

否定することはないと思ってはいたが、こうもあっさり肯定する骸に雲雀はも怒鳴る気力すらなく、今まで壁にもたれていた体を骸が座っている反対側のソファに沈めた。

「あのね分かっているとは思うけど、あの人は中世の人なんだけど。君はその時から生きているっていうのかい?」

疲れたような雲雀の言葉を骸は「まさか!」と言って否定した。

「不老不死でもあるまいし、いくら僕でもそんな昔から生きているわけがないでしょう」

骸はそう言って雲雀に否と答えたが、雲雀は胡乱げな眼差しを骸に向けたままだ。
その視線に骸はただ苦笑すると、簡潔な答えを用意した。

「以前お会いしたことがあるんですよ」

だが、その言葉に雲雀はますます眉間を険しくし眼差しは疑いの色を濃くした。
そして、次の骸の言葉で雲雀はもう完全にこの話の続きを聞く気をなくした。

「地獄でね」

朗らかに笑った骸はそういった。


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