黒のマリアージュ

人気のない夕暮れ時。
町外れの教会はひっそりと静まり返っている。
安息日の朝ともなれば祈りを捧げる人で賑わうが、平日のしかも夕暮れ時などは常なれば神父以外はその場にいないはずであった。
だが、その教会のなかに男はいた。
太陽の断末魔のような最後の光がステンドグラスを照らし色とりどりの光が降り注ぐ中、男は十字架の前に膝をついて祈りを捧げている。
その男は神父と見まごうような漆黒の衣装を身にまとっていたが、彼が神父であろうはずがなかった。
この教会を任されている神父は男のすぐそばで血を流して絶命しているのだから。
男の手は衣装と同じような漆黒の革手袋で覆われていて判別が難しいが、確かに真っ赤に染まっていた。神父を手にかけたのはこの男に違いはなかろうが、黒いマリアージュを被った男の顔には罪を犯したもの特有の狂気に蝕まれた表情も、犯した罪の大きさに恐れおののく表情も見られたかった。
男は世界中の誰よりも敬虔な信者であるかのように祈りを捧げつづける。
と、そこへー。

「お時間ですよ、骸様」

教会の入り口付近から男―骸の配下にある千種の声が聞こえてきた。
千種は骸と同じような漆黒の衣装を身にまとい、音もなく現れた。
それは千種の隣にいる犬も同様である。
骸は千種の声も聞こえないかのようにしばらく微動だにしなかったが、ようやく立ち上がると振り向きながらマリアージュを外した。
薄布の下から現れたのは赤と青という原色のオッドアイ。
美しいという形容を通り越していっそ禍禍しいその双眸。

「お待たせしましたね、千種、犬」

骸はそう言って、穏やかに微笑む。
だが、千種と犬はその微笑を見て緊張から背筋を正す。
彼らの主君である骸がこんな穏やか過ぎる微笑を見せる時は、その表情に反してひどく苛立っているときだと知っているからだ。

「今日は雨の守護者の戦いでしたか…？」

ふと思い出したように骸は尋ねた。
しかしそれこそが彼を先ほどから苛立たせている原因だ。

「はい。ヴァリア―側がスペルビ・スクアーロ、沢田綱吉側が山本武ということです」
「どっちも剣の使い手なんれす」

千種と犬が骸の質問に更なる情報を付加して答えたが、骸には余計な情報など必要ないようだった。
彼が必要とするのはただ勝利だけ。

「まったく…彼らがここまでふがいないとは思いませんでした」

ほうっとため息を付いた骸は心底失望したというように首を振った。

「これでは僕のマリアに会えなくなってしまうではありませんか…」
「骸様、お時間が…」

骸は独り言を呟いて彼のマリアと過ごした甘美な思い出を脳裏に描き、その郷愁に浸っていた。だが刻限が迫ってきたため幾ばくか急かすような千種の声に現実に引き戻された。

「ああ、そうでしたね。僕も見に行かねばならないのですよね」

少し面倒そうな声で言った骸は今まで手にしていたマリアージュをはらりと落とし、背中へと流していたフードを目深に被った。

「さあ、いきましょうか」

扉に手をかけて外へ出る骸の後ろには当然のごとく千種と犬が付いていく。
外はもう日が完全に暮れて闇の中。
３人の姿はその闇の中に吸い込まれてた。
そして何処からともなく出てきた濃い霧が彼らがいた痕跡を完璧に包んで消してしまうのだった。

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