「そういえば、あの案件決まったよ。やっぱり前に言ってた通りになった」

ゆっくりと俺の髪を梳いていた彼の手が止まった。
気持ちのいい膝の上、少し首を動かして真上にあるその人の顔をのぞく。

「…ですが、あの件は私どもの方ではまだ結論が…」

表情はほとんどと変わらない。
けど俺は知ってる。
その内心が決して穏やかじゃないのを。
動きを止めた手がいい証拠だ。

「……前向きに検討、してみます」

俺がじっと見つめると、彼はそう言った。
けれど、それは俺の欲しい答えじゃない。
ここで彼に許される答えはただ一つだ。

「―――」

ゆっくりと微笑んで名を呼べば、俺とはまったく違う色の瞳が瞼の奥に隠れる。
けれどそれも一瞬のこと。
すぐにまた俺を、俺だけを映す瞳を露わにする。

「…はい。こちらのことは全て私に任せてください」

そう、やっぱり君はそうでなくちゃ。

「やっぱり、そう言ってくれると思ったよ」

満面の笑みで言っているのに、彼はただ瞼を伏せるだけだ。
その顔にはどんな表情も浮かんでいない。
けれど、そんなこともいつものことだから構わずに俺は自分の好きにする。

「さすがだね…」

彼の膝に乗せた頭を動かして完全に仰向けになる。
ほっそりとした首に腕をかけ、小作りな顔を近くに持ってくる。

「ねえ、俺の為ならなんでもしてくれるよね」

覗き込んだ彼の暗い色の瞳には、俺しか映ってない。
なんて気分がいいんだろう!
脅しをかけてまで俺が表舞台に引きずりこんだのに、結局そのあと彼が見ていたのは、忌々しいことこの上ないアイツだった。
最初は気付かなかった。
でもいつの間にか、彼の中にはアイツが深く根付いてしまった。
それも仕方ないかな、って思うこともある。
認めたくないけれど、あの頃は確かにアイツのほうが力を持っていたから。
でも今は違う。
全部が、全部、俺のもの。
たとえこの先、彼がどこかを頼るにしても、最果ての地にいるアイツであるはずは万に一つだってない。
アイツだって彼をどうにかしてやりたくても、自分の周囲のことで手いっぱいのはずだ。

「ね?」

答えのない彼を促せば、かすかに首を動かした。
まあ、今日はこれで許してやろう。

「いい子だね、−−−」

ゆっくりと瞼を伏せた彼を引き寄せ、俺は甘い唇を味う。
この先、もう二度とアイツが触れることのないその唇を心行くまでむさぼった。

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