俺はこの世で一番不幸な男だ!!

いやたしかに幸せな男でもあるんだ。
そうだ、だって俺の恋人は、あの菊なんだから!
そう、俺の恋人は世界中の男が憧れるあのヤマトナデシコなんだ。
それだけで俺は世界一の幸せ者に違いない…違いないのだが。

『つうかうっとしいから電話かけてくんな!俺はこれからデートなんだ!』

そんなに暇なら弟呼んで来いっ!
あまり熱くならない奴には珍しく勢いよく盛大な惚気ともとれる言葉を吐いたうえ、俺が絶対にしないだろうことをしろと言って電話を切られた。

(アイツ…!!自分が幸せだからって…!!)

奴に俺の苦しみはわかるまい。
恋人と陸続きで、隣り合ってる間柄だなんて。
その昔は、そびえる山岳がその往来を邪魔していたが高度に文明の発達した昨今、あんな山々あってないようなものだ。

(菊…今頃どうしているだろうか)

目下遠距離恋愛中の恋人の姿を脳裏に描く。
楚々とした何事につけても控えなくせに、どうしても譲らない頑固な面もある年上の恋人。
脳内ではにかんだ菊の笑みを再生していた俺だが、今日が一体何の日だかを悟った瞬間、その菊の笑みの種類が変わった。

(…あああああ…そうだったよ、今日は菊の祭りの最終日…)

過去に一度だけ見たことのある菊のあの表情。
なんといえばいいのか。
確かに子供のような「ワクワク」としたと言い表せる顔だったのだが、あれはそれというよりも…。

(どう見ても獲物を狙うハンターだよな…)

現在、午後九時を少し回ったところだ。
時差のある彼の地はひと足早く新年を迎えている。
今頃、菊はハンターとなって仕留めた数多の戦利品を手に夢の中だろう。
満足そうに眠っている菊のことを想像したらなんだか泣けてきた。

「あと三時間か」

外に出て新年を祝う行事に参加する気も起きない。
渡せずじまいで未だにクリスマスツリーの下に置いてある菊へのプレゼントが目に入る。
なんというか、本当に涙が出てくる。

「はあ…」

大きな、大きなため息が出る。

と。

“Knock! Knock!”

ドアノックを叩く音がする。

こんな日に一体誰だよ…。
とにかく俺は悲しい気分に浸っていたのに、なんというかそれを邪魔されるのも癪だ。
というか、俺はいま何かに当たり散らしたい気分だ。
くだらない事できた奴だったら、嫌みの一つでも言ってやろう。
いや、絶対に言わせてもらおう。
とまあ俺はそんな意地の悪い気持ちでフロントドアへと向かった。


俺が腕一杯に薔薇を抱えた恋人に驚かされるまで、あと1分。

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