「これで、やっといける…」

もう、ほとんど声が出ていない。
けれど無意識に呟いていた言葉には既視感を覚えた。
穏やかに終焉を迎えようとしている思考が、四年前のことだと答えを導き出す。
あぁ、四年前にナドレが大破して死を思った時のことだ。
あの時は運よくというのか死を免れたが、今度はそうはいくまい。
何より、全てに決着が着くというのに自分たちがのこのこと現れてはまた、以前のような世界に逆戻りしかねない。

「やっと…」

やっと。
その言葉に続く名前を、この唇は確かに覚えている。
ただ、あまりに大切すぎて、彼を思ってその名を呼ぶことが辛い。
狭まる思考の中、脳裏には懐かしい面影が次々とよみがえってくる。
刹那。アレルヤ。ライル=ディランディ。ミレイナ。フェルト。スメラギ・李・ノリエガ。イアン。ラッセ。
クリスティナにリヒテンダール。
そして、私のロックオン。ニール=ディランディ。

「ロック、オン…」

知っていました。
貴方が自分を変えられないから、私を変えようとしていたこと。
それがヴェーダから見放された私への同情と貴方の自分への悔恨から来るものだということも知っていました。
でも、それでもよかった。
貴方に与えられた優しさと温もりは本物だったから。
真摯に投げかけてくれた言葉は真実だったから。

「あ…」

涙がこぼれた。
鈍くなっている感覚の中で、すっと頬を伝う冷たいものに、やっと自分が泣いていることを知る。 何に対して泣いているのだろうか。
とめどなく涙は溢れて来るのに、その理由がわからない。
ただ残り少ない思考回路を満たすのは、たった一人、今でも鮮明に思い出すことのできる彼の全てだった。

その厳しくも優しい言葉を覚えている。それを伝える、心地よい声音も。
私にしっかりと人肌の暖さを伝えた体温も覚えている。
仕方ない、と大人の顔をして私をたしなめる表情も、感情をむき出しにして食ってかかってくる表情も。
その全部。
彼が私に残した全部を覚えている。

貴方がすぐそばにいる頃には、この想いの名を知らなくて。伝えることすらできなかった気持は日に日に膨らんで。
出口を求めて荒れ狂う気持ちは、どうしようもなくて。
いつしか、貴方も願った世界の変革を全うすることだけが貴方に気持ちを伝える代わりになるように思っていたのかもしれない。

好きで、好きで。
どうしようもなく好きで。
分不相応な望みだとしても、貴方の傍にいたかった。

『ティエリア』

閉じてしまいそうになる視界に、貴方の姿が見える。
声まで聞こえてくる。
これは、私の記憶の再生だろうか?

『お前は本当に馬鹿だなぁ。俺は優しい男じゃないのに』

記憶にはない貴方の言葉だったけれど、ただ私は貴方にこたえたかった。
本当に、貴方は優しくなんてなかった、と。

『優しい奴じゃないってわかってるなら、他のとこ行っちまえばよかったんだ。ライルなんかは、俺とは違って心底優しい奴だったのに』

貴方も馬鹿ですね。
たゆたう意識の中で、とても素直な気持ちだけが湧きあがってくる。

『はぁ!? 俺は、とっても真面目に、真実を言ってるんだぞ!』

例え姿かたちは同じでも、ライル=ディランディは、私が好きになった“ロックオン=ストラス”ではありません。
答える私に、貴方は息をのむ。小さな悪戯が成功するという気持ちはこんなものだろうか。

『…ティエリア』

貴方がずっと。ずっと好きでした。

黙る貴方。
なんだか全てが闇の中に消えていく気がした。
でも、最後の最後。

『俺もお前が――』

その言葉と共に、求め続けたぬくもりに包まれたことだけは絶対に間違いではなかった。

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