「まったく誰だ、こんな無能な業者に任せたのは」

もう日付が変わる時刻。
今宵も残業をして自分の部屋に戻って来た黎星刻は、びっしりと何事かが書かれた書類を睨みつけている妻の姿を見つけて静かに笑った。
自分も天子や香凛に「仕事のしすぎ」だとよく言われるが、妻であるルルーシュも星刻が心配になるほど根をつめて仕事をする。
息子である暁を産んでから半年もたっていない。
一年ほど前に政略で結婚した神聖ブリタニア帝国の第三皇女。
しかし今では、結婚当時持っていた皇位継承権を手放し、始まったばかりの中華連邦再建に尽力してくれている。いまルルーシュが見ている書類も何かそれに関わることだろう。

「そんな格好では風邪をひきますぞ、奥方殿」
「星刻!」

星刻は言いながら先ほど着替えた際に夜着の上に羽織ろうとして持っていた上着をルルーシュの肩にかけた。
声をかけられるまでルルーシュは星刻が帰ってきたことに気がつかなかったようだ。
ルルーシュはいつもと違う星刻の言葉づかいにくすりと笑う。

「そういう貴方はいつものようにお早いお帰りで、旦那様?」
「耳が痛いな」

もちろんルルーシュの言葉の意味をしっかり汲み取った星刻は苦笑した。
毎日の帰宅は日が変わってから。
ここ半年、ずっとそんな調子だ。さすがに暁が生まれた日は違うが、それ以外は夫の仕事に多大な理解がある妻のこともあってか毎日が午前様だ。
だがさすがにルルーシュも、毎日がこんな調子では文句の一つも言いたくなるのだろう。
就寝前のルルーシュと顔を合わせたのも二日ぶりか。

「まぁ、毎日こちらに帰ってくるだけ良しとするか」

ルルーシュはそう言うと、持っていた書類を机に置き捨て、立ち上がり星刻の頬に唇を寄せた。
星刻には、その言葉が痛い。

「おかえり」
「いつも遅くなってすまないな…いま帰った」

星刻はルルーシュから口づけを受け取ると、そのままの体制で華奢な体を抱き締める。
それは無意識にでもルルーシュの口を衝いて出た結婚直後のことにある。結婚直後、星刻はこの屋敷に諸事情からほとんどよりつかなかった。
それが今でもルルーシュの心の奥深くで傷になっているのではないかと思うと、星刻もやりきれない。

「暁はどうしてる?」
「寝ているに決まっているだろう? あの子は夜泣きも少ないからな。母思いなやつだ」

軽い抱擁を終えて、星刻はルルーシュの肩を抱いて傍にあった長椅子に腰かける。
そういえば、あの子の起きている顔をしばらく見ていないと星刻は子供の傍に居てやれない自分を情けなく思った。

「今から孝行者では将来が楽しみだな」

冗談を交えてルルーシュに笑いかければ、ルルーシュは目を細める。

「のびのびと育てるつもりだがな。お前の子だ。どうしたって、生真面目な男になるのだろうな」
「子供の性格は家庭環境に因るものだと聞いたが?」
「だから、だ。こんな傍に“生真面目”の見本がいるのだから、そうなるだろう。まぁ、反面教師ということもあるが」

自分とまったく正反対の性格になる我が子を想像してしまい、星刻は微妙な気持ちになった。
いや、どんな子に育とうと我が子は我が子なのだから。
一人難しい顔をし始めた星刻を眺めながらルルーシュは子が男でよかったのかもしれないと思った。
きっと子が女の子だったのなら今から嫁に行く時のことを心配しているだろう。
その姿が容易に想像できルルーシュは堪え切れず吹き出してしまう。

「何を笑っている、ルルーシュ?」
「い、いや…ふっ」

くすくすと笑い続けるルルーシュに、星刻は段々と憮然とした顔になる。
原因はわからなくても自分のことで笑っているとなんとなく理解できたからだ。
機嫌が下降していく星刻の気配に気づいたルルーシュはようやく笑うのをやめた。
だが、星刻はすっかり不機嫌な顔になってそっぽをむいてしまっている。
星刻にこんな子供っぽいところがあると知ったのは決起が成功した後、心を通わせて暮らし始めてからだ。
他の相手なら機嫌をとるのなんてまっぴらだが、星刻ならば話は別だ。
いつもとりすまして、年齢以上に年を重ねて見える男のこんな態度は可愛いとさえルルーシュには感じられる。

「星刻」

ルルーシュはそっぽを向いた星刻の頬に手をやって、こちらに視線を戻させる。
不機嫌だということがよくわかる表情。
たぶん、こんな顔を見せるのは自分にだけなのだろうな、とルルーシュは優越を感じながら今度はあの日から何度目かしれない甘い口付けをその唇に落としたのだった。





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