冬コミでの無料配布と同じでジノルルにしてみました。
お楽しみいただければ幸いです。



「おねえさま―! おねえさまもこっちへいらっしゃいませんか?」
「そうよールルーシュもこっちへ…きゃっ」

神聖ブリタニア帝国首都ペンドラゴン。
皇帝や皇族が暮らす太陽宮の一画にある綺麗に整えられた湖には、白い小舟が一艘浮かんでいる。
そこで先ほどから、陸地の木陰で本を読んでいるルルーシュに声をかけていたのは母を同じくする妹のナナリーと、異母妹のユーフェミアだ。

「ユフィ!!」
「びっくり、しました」
「びっくりしましたって…こっちの方がびっくりするよ」

そして、身を乗り出して態勢を崩したユーフェミアを支えた彼女の騎士、枢木スザクも小舟の上にいる。
すっかりお転婆な二人のお守役が身についてしまっているスザクだ。
さすがに、水面に落ちるのではないかと危惧したルルーシュだったが、スザクに無事抱きとめられてたユーフェミアを見て胸をなでおろす。

「そちらじゃ本は読めないから私はこちらにいるぞ! ナナリーもユフィも、あまりスザクを困らせるな」

声をいくらか張り上げて言えば、ルルーシュの本好きを知っている妹たちは「じゃあ今度は一緒によ!」「ぜったいですからね!」などと返事して、向こう岸へ行って!とさっとくスザクにお願いしている。
一応は二人に注意をしてくれたルルーシュに、スザクは「ありがと」と言う様に片手を上げる。
ルルーシュも「すまないな」と片手をあげて笑顔で、船を漕ぐ一行を見送った。

「スザクも大変だな…」

いつも賑やかなナナリーとユーフェミアに振り回されているスザクに対して『ご愁傷様』という色を込めて呟くと、ルルーシュはもう一度膝元に置いた本に視線を落とした。

「殿下はいいのですか?」

だがすぐにルルーシュに声をかける者が現れ、再び視線を上げた。

「ジノ」
「せっかくの天気なんですから、殿下も楽しみませんか?」

視線の先にいたのはルルーシュの騎士でナイトオブラウンズの一員でもあるジノ・ヴァインベルグだ。
見慣れたさわやかな笑みを浮かべてジノがルルーシュの隣に腰を下ろす。

「私までいたらスザクに負担がかかるだろう?」

皇女三人に騎士一人。
安全といえる太陽宮内だが、それも絶対とは言えない。
あんな小舟の上で何かあった時に小柄なナナリーとユーフェミアだけならスザク一人でなんとかなるだろうが、ルルーシュまでいたらスザク一人で皇女全員を守り切ることは不可能に近い。
例え宮殿の敷地内といえど絶対の安全などないということをルルーシュはよく知っていた。
いささかの苦笑が交じったルルーシュの言いように、ジノは言外に含んだその意味にきちんと気づいた。そして、目を細めてゆっくりと手を動かす。

「では…」

ジノの手はルルーシュの滑りの良い黒髪をひと房すくい取って唇へと持っていく。

「私と二人きりでなら、あの小舟にさえ乗っていただけますか?」

下から覗き込む視線は、色を乗せた甘さを持ってルルーシュを射る。
要するにジノは、「その命すら私になら預けていただけますか?」とも言っているのだ。
いくら鈍いルルーシュでも“お付き合い”をしているのだから、その言葉がほとんど求婚と同じような意味だということにすぐに気がついた。

(このっ…!!)

ルルーシュをじっと見つめるジノの目は、さすが以前はたらしと名の知れた男の目だ。
ジノと出会うまで色事にはまったく関わったことのなかったルルーシュは、そんなジノにいつも振り回されてきたのだ。
だが、そんなジノの「たらし」ぶりにも随分慣れた。
今日こそは、という思いでルルーシュは心を乱された様など少しも見せず、嫣然と笑ってみせた。
すぐにいつもと違うと気付いたジノが、驚きに目を瞬かせる。
それに気をよくしたルルーシュは、今日はこちらが翻弄する側になってやろうと悪戯を付け加えることにした。

「そなたが守ってくれるなら小舟だろうと、この世の果てだろうと行ってやるさ」

髪から少しだけ唇を離したジノの顎をくいっと人差し指で持ち上げて言ってのける。
見よう見まねの言葉と態度で、自分の心臓は嫌になるくらい大きく拍動していたけれど、ジノのぽかんとした表情がルルーシュの気分をいいものにさせていく、
してやったり、とルルーシュは胸のすく思いがした。

「……殿下」

演技者の才もあったのかもしれないな。などとルルーシュは、一人自分の演技ぶりに満足していたが、ジノのあまり聞いたことのない低められた声にはっとした。

「ジ……っ!!」

あっと言う間にルルーシュは、ジノに両の手首を掴まれて柔らかい芝の上に押し倒されていた。
下から見上げると、ジノの日に透ける金髪が眩しい位に輝いている。
呆然としてジノを見つめるルルーシュの目には、忌々しいというようなジノの表情が飛び込んでくる。

「ルルーシュ様…私を煽るなんて……何を考えているんですか…?」

昼下がりにはまるで似合わない少しだけ掠れた声。
その声が夜の秘め事を連想させて、今度こそルルーシュは顔を真っ赤にした。
「煽る」なんて上等な考えではなく、ルルーシュはジノにいつもの仕返しをしたかっただけだ。 だが、ルルーシュの可愛らしい悪戯も、常に餓えている状態のジノには凶暴な媚薬にしかならなかったようだ。

「ちょ、ジノ!! 待て、ここをどこだと!!」
「煽ったのは…ルルーシュ、貴方だ」

箍が外れるとルルーシュを敬称なしで呼ぶ癖のあるジノ。
呼び方で止めても止まらないとルルーシュは悟ったが、こんな真昼間の、しかもすぐそばには妹たちやスザクまでいる場所でジノに応えるわけにはいかない。

「ジノ!!」

首筋に唇を埋めようとするジノに、ひときわ大きくルルーシュがその名を呼んだ時だった。

「はいはい、ジノ。そこまでだよ」

ぱんぱんと手をたたく音と共に、この帝国で二番目に権威を持つ人物の声が聞こえた。

「ルルーシュ殿下、ご無事ですか!?」
「残念だったねぇヴァインベルグ卿」

そして、自分の上で動きを固めたジノの体がセシルによって追い払われたのと、いつもどおりの呑気なロイドの声が聞こえたのもほぼ同時だった。

「あ、異母兄上…」

セシルに手を貸してもらいながら起き上ると、ルルーシュはひくりと頬をひきつらせてシュナイゼルを呼ぶ。
助けてもらったのは非常にありがたいのだが、なんと言うか、この人にだけは絶対に助けてほしくなかったような気もする。

「クロヴィスが茶会を開くというからジノに迎えを頼んだんだが…」

そう言うとシュナイゼルは、ちろりとセシルに突き飛ばされてようやく起きあがったジノに視線をやった。
ジノは少し憮然とした面持ちだったが、殊勝に膝をついた。

「…申し訳ありません、宰相閣下」

実はジノ、最近、ことごとくルルーシュとの逢瀬をシュナイゼルに邪魔させているような気がしてならない。
だから膝を折っていても、なんとなく面白くない顔をしてしまう。

「で、異母兄上自ら私を呼びに来て下さったんですか?」
「まあ、散歩がてらにね。ほらルルーシュ、クロヴィスも待っているから行こうか」

そう言ってシュナイゼルはルルーシュに手を差し出す。
対岸の方で遊んでいたユーフェミアやナナリーたちには、セシルがロイドに持たせた拡声器で「お茶が入りましたよー!」と声をかけている。
ルルーシュは差し出されたシュナイゼルの手を見つめて、一つため息をついた。
こう言う異母兄にも何を言っても無駄だということもまた、ルルーシュはよく知っていた。
だが、隣で耳がたれた犬のように大人しくなってしまった自分の騎士が憐れになって、兄の手を取る前にルルーシュは腰をかがめてジノに耳打ちした。

「…続きは夜に…。部屋ならいいぞ」

ジノはぱっと顔をあげてルルーシュを見つめた。
その変わりようが、本当に犬のようでルルーシュは笑った。

「では異母兄、行きましょうか」

ルルーシュはシュナイゼルの手に手を重ねて、ジノに背を向ける。
ジノは、名残惜しげにそに背を見つめた。
と、ルルーシュの隣にいたシュナイゼルが唇だけで言葉を伝えてきた。

『ま・だ・ル・ル・ーシュ・は・や・ら・な・い・よ』

くすりとシュナイゼルは頬笑みをつけたして、ルルーシュの方に向き直った。
まさかとは思っていたがルルーシュとの逢瀬を邪魔されていたのは気のせいではなかったようだ。

「あ〜あ。ヴァインベルグ卿、大変だよぉ。シュナイゼル殿下はルルーシュ殿下の父親きどりだからねぇ」

ご愁傷様、などとからかい交じりに言ってくるロイドに、ジノは苦い顔だ。

(確かに閣下のルルーシュ様への思い入れは知ってたけど…。こうもだとなぁ…)

突如として暗雲が立ち込めてきた自分とルルーシュの蜜月に、ジノは晴れやかな空とは不釣り合いな大きなため息をつくのだった。


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