殿下、ルルーシュ殿下。
もう一度、笑ってくれますか?

「ジ、ノ…?」

驚きに目を見開いた、こんな頼りなげなルルーシュの顔をジノは見たことない。
だが、ジノが9年ぶりに見たルルーシュは、少しも変わったところなんてなかった。
以前にも増して美しくなったこと以外、ジノが知っているルルーシュの姿だった。
誇り高い姿。寂しげな雰囲気。
その全部。
だからジノの体は勝手に動いた。
心を、全てを捧げようと思っていたのはルルーシュだけだったから。

「お怪我は…ありま、せん…か?」

ああ、スザクは本当に容赦しなかったんだなとジノは思う。
黒の騎士団による帝国首都襲撃の報を聞き、前線から戻ってきたジノとスザクが見たものは、戦場となった宮殿だった。
宮殿に黒の騎士団たちが向かう理由など、帝国の象徴である皇帝の命を奪うこと以外に考えられない。
二人は皇帝がいるだろう謁見の間へと急いだ。
ジノがゼロの正体を知ったのは、その道中だった。スザクが、ゼロは死んだとされたルルーシュだとジノに告げた。 そして、自分がルルーシュを今度こそ殺すこともスザクは宣言した。
衝撃の事実に茫然自失となりながらも、ようやく到着した謁見の間。
そこには、地に臥す皇帝と仮面を外して扉側に背を向けたまま立つゼロがいた。ゼロの手には小ぶりの銃。

『ルルーシュッ!!!!』

すぐさま銃をゼロ―ルルーシュに向けたスザクと、ゆっくりと振り向いたルルーシュ。
憎々しげに歪めた顔で、しばしの沈黙を破るのはスザクの叫び声。

『お前はあの時この手で殺しておくべきだった!!』

呪詛のような言葉と共に、スザクは引き金を引いた。

「ないっ!お前が…お前が私を庇って…」

スザクが放った弾は正確にルルーシュの心臓目掛けて飛んだが、ルルーシュが倒れることはなかったし、傷つけられることもなかった。
ルルーシュを庇った者がいたからだ。 それが、ジノ。
ジノは抱きしめるようにルルーシュを庇い、そのまま彼女の上に倒れこんだ。
座りこんだルルーシュは、支えきれないジノの上体を自分の膝に乗せていた。頭を振ってジノの問いに否定を返すルルーシュの瞳には、うっすらと涙が見える。
スザクが銃を構えて引き金を引く、その刹那。
ルルーシュは微動だにしなかったし、取り乱すようなこともなかった。
ただ黙って自分に銃口を向けるスザクを見つめていた。
その様子はジノが知っているルルーシュと違わない。
悲しみを押し殺し、諦めることを知っている姿だった。
あの日。
最後にジノがルルーシュに会った日。
マリアンヌの死から、ほとんどのモノを失ったルルーシュの目に浮かんでいたのは諦めと悲しみだけだった。
その時と変わらない姿。
そして。

「よかっ、た…殿下が、ご無事で…」

ルルーシュの体を庇おうと動く直前、まるでルルーシュは銃弾を歓迎するかのように目を閉じて笑った。
あの日、ルルーシュが見せていた諦観を浮かべた悲しげな笑みと同じ表情。
その笑みを見た時、例えこれが全ての未来を奪っても、ジノは、ルルーシュを庇ったことを後悔することはないと思った。

「なんで、なんで私なんか庇うんだ…!!どうしてっ…ジノ、どうしてっ!!」

名前を呼ばれて、自分を忘れないでいてくれたのかと、こんな時なのにジノの心は熱くなる。
ジノがルルーシュに名を呼んでもらったことなど、本当に数えられるるだけだ。だから、ジノは何よりもルルーシュに名を呼んでもらえたことが嬉しかった。
穏かに笑うジノに、ルルーシュはついに涙を堪えることが出来ずにその雫を眦から溢れさせた。

「わたしは、ブリタニアの、ナイトオブラウンズ…ですが、忠誠を誓ったのは…皇帝陛下にでは、ありません…」

そう、ジノが忠誠を誓ったのはブリタニア帝国でも、それを統べる皇帝でもない。
守りたくても守れなかった、ルルーシュに対してだ。
人が聞いたら、死んだ皇女に馬鹿な真似をと笑うだろう。 だが、それでもジノは、自分が騎士になった理由でもあるルルーシュ以外に自分の心からの忠誠を捧げることはできなかった。

「わたしの忠誠、は…貴女のものです…から」

涙に濡れる瞳を驚きに見開いているルルーシュ。
押し付けがましい忠誠など彼女には迷惑なものでしかないだろう。
けれど、ジノはルルーシュに知っていて欲しかったのだ。
今も孤独なのだろう皇女殿下に、少なくとも自分という男が全てを捧げていることを。

「め、いわく…でしょうが…」

勝手な想いをお許しください。と続けられるはずだったジノの言葉は、他ならないルルーシュによって遮られた。

「迷惑なものか!あの時も、今も!!お前は私の…私の騎士だ…」

一生、想う方の騎士になることなど無理だった。その方はとうに、いなくなってしまった方だったから。
この世で生涯、満たされることのない想いを抱いて生きていくのだと思っていた。
だが、ジノの願いは叶った。
たとえこれが自分に残された最後の時であろうと、ジノは満足だった。

「殿下…お手を…よろしい、ですか?」

ジノのその言葉だけでルルーシュも察したのだろう、指先をそろえてジノの口元に差し出しす。 ジノは震える手で、その手をとって告げる。

「貴方…に、わたし、の…すべて、を」

「許す」というルルーシュの声を聞きながら、ジノは目を閉じて手の甲に口付けた。
再び視界が開けば、そこには約束を交わした時に見せてくれたような笑顔を浮かべたルルーシュ。
やっと、やっと。
ジノは、望んだものを手に入れられたのだった。


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