「ジノ、ルルーシュをよろしく頼むよ」

太陽宮の宰相執務室で、その男は衝撃を受けた。  
世界的に圧倒的な強さを誇る、神聖ブリタニア帝国軍。その中でも頂点に程近い地位にいる、ナイトオブランズナンバースリー、ジノ・ヴァインベルグは、帝国宰相である第二皇子シュナイゼルの言葉に二の句が告げられなかった。ジノは目を見開き、口を半開きにしたまま絶句した。  

「…侯爵から何も聞いていないのかい?」  

間抜けな顔をしているジノに疑問を抱いたシュナイゼルは問うた。侯爵とは、ジノの父であるヴァインベルグ侯爵家当主のことだ。  

「はっ。ここ数日、予定が立て込んでおりまして父と会う時間も取れず…。申し訳ありません」  

もっともらしいことを言うジノだが、そんなことは真っ赤な嘘だ。確かに予定があり多忙であったのは真実だが、それはジノが望んだこと。実家に帰れない理由づくりのためだ。
最近、父から再三、実家に帰宅するように連絡が来ていた。ジノにとっては何時ものことだったので気にも留めなかった。しかし、思い返せば常より何十倍のしつこさで連絡が来ていた。ジノの背を冷たい汗が流れる。  

「いや、いいんだよ。忙しい君の事情を考えずに、話を振ってしまった私の配慮が足りなかった」  
「滅相もございません」

ジノの心配をよそに、シュナイゼルは気分を害した風でもなく、それどころかジノに謝罪までした。

「実はね、ジノ。私は君にルルーシュの夫となって欲しいんだ」
「私が、ルルーシュ皇女殿下の夫君に、ですか?」

  ああ。と言って笑うシュナイゼルにまたもジノは絶句した。
第三皇女ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。その名は首都ペンドラゴン、いや帝国の独身男性貴族にとって非常に意味を持つものだ。
ルルーシュは、現皇帝がその美しさと強さを見染め平民から妃に召し上げたマリアンヌ皇妃の娘で、今年で十八歳になる。美貌を謳われたマリアンヌに似て、ルルーシュもとても美しい姫だと『言われている。』
 
『言われている。』

  あくまで、推量でルルーシュ皇女の容姿は語られる。というのもほとんどの者は、この皇女の姿を見たことがないからだ。写真も肖像画もない。彼女の姿を知るのは彼女に近い兄弟姉妹だけだ。
始めからこんな状態だったわけではない。
時を遡ること九年前。皇女は、同母妹の第六皇女と母であるマリアンヌ皇妃と共に、彼女たちの家であるアリエスの離宮でテロリストの襲撃に合った。
幸い、皇女と妹君は襲撃の中でも無傷だったが、彼女たちを庇った皇妃は重傷をおって意識不明の重体。以来意識が戻らず、現在まで眠り続けている。 保護者である母を失ったも同然。後見役であったアッシュフォード伯爵家も当日の警備の責任を問われて失脚。そんな不幸に追い込まれた幼い姉妹を引き取り保護下においたのは、彼女たちの腹違いの兄であるシュナイゼルだった。シュナイゼルは襲撃があった直後、現場に駆け付けていた。その時に重傷を負い息も絶え絶えだった皇妃に姉妹のことをくれぐれも頼むと懇願されたらしい。
  姉妹を引き取ったシュナイゼルは、その言葉通り二人を真綿にくるむようにして育てた。
それは徹底していた。
再び、テロリストの標的にさせてはならぬと、姉妹の離宮の警備を二重三重にするのは当たり前。果ては、姿が分からぬようにと、帝国中にあった姉妹と皇妃の姿を描いたレリーフや絵画、写真を全て廃棄させた。それでもシュナイゼルの心配は尽きなかったのだろうか、姉妹を公式行事にすら出席させなかった。
それが、帝国の大半の者がルルーシュ皇女の姿を知らない理由だった。だが、人の口に戸は立てられぬもの。成長した姉妹は母に似た美貌を誇るとまことしやかに言われていた。
その姉妹でも特に、姉のルルーシュ皇女の名がなぜ、意味を持つのか。それは――。

「私などがルルーシュ殿下を貰いけるなど、そのような恐れ多いことを…」  
「ジノ。私は、君以上に強く、聡く、そして優秀な男を他に知らない。君は、私が安心してルルーシュを預けられると思う唯一の相手なんだよ。今年でルルーシュも十八。そろそろ婚約者を持たないと、また無頼の輩が出ないとも限らないし…」
「シュナイゼル殿下…」

付け加えたような言葉は、心底憂えた独白に近く、ジノは思わずシュナイゼルを気づかわしげに呼んだ。
  帝国中の独身男性貴族がルルーシュ皇女に意味を見出す理由。それは、彼女が今年で十八、帝国の法で結婚が可能になる年齢を迎えるからだ。
ルルーシュ皇女は、次期皇帝との呼び声高く、現在でも帝国宰相の地位にいるシュナイゼルの掌中の珠である。その皇女の夫君に収まれば、栄達は思いのままだろう。そう考える輩が多く、皇女の離宮に押し掛けるという強硬手段に出た者もつい最近出たようだ。もちろん、そのような輩は一族郎党まで処罰されたが。
そのような事情もあって、シュナイゼルはようやく皇女の婚約者を選んで、ジノに白羽の矢を立てたようだ。

「…どうだろうか。君の意見も聞かず勝手に進めてしまった話だけど、受けてはもらえないだろうか?」

どんなに困難な問題に直面しても眉ひとつ動かさず、微笑みさえして難局を乗り切るシュナイゼルが不安げな顔をしてジノをうかがう。
別にジノは押しに弱いわけではない。
だが、いつも泰然としているシュナイゼルにここまで言われてしまうと、さしものジノも断りづらかった。
いや、臣下であるジノに帝国の中でも強大な権力を持つシュナイゼルのたっての懇願をどうして断れようか。

 「私でよろしければ、そのお話、謹んでお受けさせていただきます」

ジノには、膝を折って了承の返事を返す以外の選択肢はなかった。

 こうして、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとジノ・ヴァインベルグの婚約は内々に取り決められたのだ。

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