このジノは、狂犬ジノのジノ設定です。でも、シリーズの最終回ってことじゃないです。 あくまで、狂犬が最終回に介入!ってことで。

『ジノ、必ず。必ず、生き抜け』

もちろんです。この、ジノ。どうしてあなたをおいて先にあの世へ旅立ちましょうか。

密命で、表向き黒の騎士団へと与することになったのは、あの方が皇帝として世界に君臨する少し前の出来事。
いつになく真剣な表情で私に、そう言ったあの方。
私はいつものように、持てる全ての愛と誠意と畏敬をこめて答えた。

『………そうか…。そうだな、お前が、私をおいて先に行くはずがないものな』

ええ。必ずや生きて、ルルーシュ様の膝元まで帰ってきます。
今思い返してみれば、あの方は、私に『待っている』とは言わなかった。その時に気付かなかった自分を呪ってしまうほど、あの方が浮かべたほほ笑みは儚く、私に対して罪悪を感じていたものだったのに。

『さぁ、ジノ。私のホワイトナイト。いってこい。必ず、生き抜け』

世界で一番美しいと思っていた笑顔とその言葉が、主から私への最後の贈り物だった。



「――――――――っッ!!!!!」

声にならない叫びが、猿轡をしているジノの喉からほとばしる。
その眼は、信じたくない現実を映し出し、極限まで見開かれていた。
皇神楽耶ら黒の騎士団の幹部たちと共に拘束されたまま、ジノは、自分の主が胸を貫かれる様をただ、見つめることしかできなかった。
白い。真っ白な皇帝服の胸を染める、赤い、赤い花。
信じたくは、なかった。
この皇帝凱旋が行われる今日の朝、ジノは独房から出されるとすぐに麻酔を打たれた。どれだけ抵抗しても、薬は無情にジノの意識を奪い、先ほどまでジノの意識は戻ることはなく。
ようやっと、必死の思いで瞼を押し上げたジノの目に飛び込んできたのは、『ゼロ』と呼ばれる希望の象徴が『悪逆皇帝』の胸を貫く姿だった。
間に合わなかった。
その思いが、ジノの胸を支配した。
あの最終決戦収束の際に、自らが密偵に仕立て上げたジノを、その意志でとらえた時から、ジノには、ルルーシュの本当の狙いがわかってしまった。 だから、何度も、声がかれるまで叫び、主を止めようと必死で暴れた。
その様子から、自分の決心がジノに知られたことをあの聡明なルルーシュは悟ったに違いない。
だから、ジノは今日この日まで、他の捕虜たちと離され、独房に入れられていたのだ。

「ゼーロッ!ゼーロッ!ゼーロッ!ゼーロッ!!」

玉座から滑り落ちたルルーシュの傍には、涙ながらに取りすがるナナリーが。
誰もいない玉座には、血に滴る剣を手にする『ゼロ』。

『さぁ! 悪逆皇帝は既にない! 新たな世界を築こうではないか!!』

その剣をもう必要ないとばかりに、自らが貫いた体があるあたりに投げ捨て、あの大仰な身振りで『ゼロ』は、宣言をした。
その言葉に、熱狂する民衆。

「どういうことだ…ゼロは…」
「あれはゼロよ!!」

黒の騎士団の幹部たちは、『ゼロ』の登場にひどく困惑していた。騒然とする彼ら。
だが、ジノにはそんなことにかまっていられなかった。いや、関知していなかったのだ。
何も、聞こえない。
何も感じない。
押し寄せてきた民衆によって、いつのまにかジノの拘束は解かれていたが、いつその拘束が解けたのかさえ、ジノには感知できなかったのだ。
ただ、ジノの足は、未だ横たわったままの、ルルーシュの元へと動く。
はじめは、ゆっくりと。まるで、初めて赤子が歩いたように。
そうして、すぐにその歩みは、帝国最強と名高かったナイトオブラウンズらしい俊足になり、ふわりと、ジノはルルーシュの元に舞い降りる。
ジノの目には、ルルーシュしか見えていなかった。

「る、るーしゅ、さま…?」

呟くジノに応える声はない。

『必ず生き抜け』

そう見送ってくれたジノの主は、物言わぬ骸となって目の前に横たわっていた。
その表情は、とても安らかで、ジノでさえ一度だって見たことがないものだ。

「もどって…まいりました、よ? 生きて、あなたのそばに、ご命令、どうりに」

とつとつと、言葉を覚えたての子供のように単語をひとつひとつ区切ってジノはルルーシュの元に近づく。
そのすぐそばには、ナナリーがルルーシュに取りすがっていたが、ジノは、その姿さえ目に入らない。

「るるーしゅ、さま」

よく戻った、と。
大好きなその声で、出迎えてほしかったのに。

「どうして…」

初めの疑問の言葉はぽつりと落ちて。
ジノは、ナナリーを押しのけてルルーシュに取りすがった。

「どうして、どうして!! ルルーシュさまッ!!」

必死に冷たい手を両手で、自分の体温を分け与えるがごとくぎゅっと握りしめた。
そんなことをしたって無駄なのに、ジノはそうしいなではいられなかったのだ。
ジノの涙声は、熱狂的なゼロへの歓声でかき消される。

「いったじゃないですか…ずっと、ずっとお傍にと」

褒美は何がいいと聞いたルルーシュに、そばに居られる権利が欲しいと言ったのはジノだった。
『手放すつもりはない』
そう笑って言って、ジノに別の望みを聞いたのはルルーシュだった。
なのに。

「私をおいていかれるのですか…」

呆然とつぶやかれるジノの答えのない疑問に反応したのは、先ほどジノに押しのけられて呆然としていたナナリーだった。

「じの、さん?」

初めてみた男の姿が、ジノであると声で理解したナナリーだが、何故、黒の騎士団として捕まっていたジノがルルーシュに縋りついているのかわからなかった。
確かにルルーシュは、ジノがナナリーの命を狙ってまで慕った相手で、ジノも一度は成長したルルーシュの元に走った。 だが、ルル―シュが皇帝に着いた直後、ぼろぼろの状態で黒の騎士団に発見された。 彼曰く、黒の騎士団から追放されてから、ルルーシュは、権力に取り付かれた人になってしまったというのだ。 だから、騎士である自分はあの人を止めるためにこちら側に来たと。
今のルルーシュは、彼が愛した、あの人ではないからと。
最初は、誰も信じなかったが、シュナイゼルの口添えもあり、ジノはルルーシュに対抗する騎士団たちと行動を共にしていたはずだ。

だが。

「お願いですから、私をおいていかないで」

必死になってルルーシュに懇願するジノの姿は、決して主を嫌ってその元を去った騎士の姿には見えなかった。 むしろ、物語の中の騎士のように、ただひとりの主に生涯を捧げた者のようで…。

「まさ、か…ジノさんは…」

はっと息をのんだナナリー。その音を聞き取ったのだろう。
今までルルーシュの傍らで微動だにしなかったジノの肩がふるえて、ゆっくりとジノが振り返った。

「ジノさん…」

ジノの瞳は、よどんでいた。
だが、その空虚な瞳がナナリーを認めると、その瞳に燃えるような何かを揺らめかせて、さびしそうに笑った。
ナナリーは、その『何か』を知っていた。
そうだ。かつて、ナナリーはジノから、それを向けられたことがあったのだから。

「総督殿。やはり、あなたはあの時、この手で殺しておくべきだった」

ジノは、本気でそう思っていた。
このゼロ・レクイエムと名づけられた作戦の最中、ナナリーが敵となればルルーシュは悲痛な決断だったとしても、その排除を命令した。
だが、結局最後の最後。
ルルーシュを看取ったのは、ルルーシュがずっと心を砕いてきた妹だった。
途中、ルルーシュの行く手を阻んで、あの優しい人を傷つけたナナリーが、ルルーシュの最後を看取ったのだ。
ジノにはそれが許せなかった。
酷薄にも見える笑みさえつけて、ジノは言うだけ言うと、すぐにナナリーへ背を向けた。

「まって!」

嫌な予感がしたナナリーは、ジノの背に声を投げた。
だが、その言葉はジノに届くことはない。
ジノは手近にあったルルーシュの胸を貫いた剣を手にとり、息絶えたルルーシュを抱きあげる。

「待って、どこへ!!」

軽々とルルーシュの体を抱き抱えたジノは、ナナリーの声に、ちらりと振り返るだけだ。
その眼は、さきほどとは打って変わって、ナナリーに対して憐れみを抱いているかのようだ。 だが、その瞳はすぐに戻される。
そして、剣を掲げて、民衆でごった返す中に切りかかっていった。




「こんなところにいたのか…」

ジェレミアが、ルルーシュの遺体と共に逃亡したジノの姿を見つけたのは、森の奥深く海を望む崖だった。
そこには真新しい墓のようなものがあり、傍の大きな木の下で、ジノは遺体を抱き抱えたまま座り込んでいた。

「気持はわかるが…陛下を埋葬してやらねば…」

ジェレミアは、ジノに告げた。
ジノがルルーシュの遺体を抱えて、民衆の追手をくぐり抜けてから、既に丸一日経っていた。
ジノはたった一人であの包囲網を突破したが、いかに人間離れした身体能力を持つ彼だといえども無傷ではいられない。 ジノ自身の体にも、致命傷には程遠いが、大小様々な傷があった。
空虚な瞳で宙を見ているジノに意識はあるようだが、一向にジェレミアの言葉に反応を示さない。

「ジノ・ヴァインベルグ!」

少し大きな声でジェレミアがジノを呼ぶと、ようやっとジノは首をめぐらせてうつろな瞳でジェレミアをとらえた。
その瞳に映る深い絶望は、そこがなく、ジェレミアの背をぞっとさせた。

「………だ」
「なんだって?」
ジノはとても小さな声で呟いたため、ジェレミアは聞き取ることができなかった。
聞き返すと、ジノは腕に抱いたルルーシュに顔をうずめてもう一度言った。

「…この方をもう、傷つけたくはないんだ」

ジェレミアにはジノの言葉の意味が理解できなかった。 しばらく、無言でいると、ジノはぽつりぽつりとつぶやいた。

「…最初は、埋めようと思った。でも、この方の体が腐食する様なんて考えられない。 火葬にしても水葬にしても…ひとかけらも傷をつけずにこの方を送る方法なんて見つけられなかった」

ジェレミアは沈痛な面持ちで、ルルーシュの体に取りすがっているジノを見やり、その狂気に近いルルーシュへの想いを悲しく思った。

「そういうと思ったのでな…」

ジェレミアは、自分の背後を振り返る。そこには、何かをくくりつけた台車と、傍には沙世子がいた。それはガラスの棺だった。



「ルルーシュ様」

沙世子によって、真新しい皇帝服を着せられたルルーシュは、ただ美しかった。
色とりどりの花に囲まれたルルーシュ。
ガラスの棺の中に横たわった姿は、あの童話の姫君のように口付けを施されればすぐに目を覚ますのではないかと思わせるほど生前と変わらなかった。
だが、そんなことは起こらないとジノには分かっていた。
口付けだけで目を覚ますなら、ルルーシュは既に息を吹き返していてもいいからだ。
口付けならば、その冷たい唇に何度だってしていた。

「どうか安らかに…ルルーシュ様」
「御心安らかに、陛下」

棺の片側から、ジノがゆっくりとその頬を撫でていると、沙世子とジェレミアが反対側から一輪ずつ花を捧げて送る言葉を口にした。
二人は、片時もルルーシュの傍を離れないジノに何も言わなかった。 目線を合わせると、沙世子は気づかわしげにジノを一瞥してジェレミアに頷き、その場に背を向けた。
ジェレミアも、たった一言だけ告げてこの哀れな騎士の元を去ろうとしていた。
全ての準備は、既に整っており、ジェレミアと沙世子にできることは終わっていた。

「では、息災でな」

答えは返らないとわかっていたが、背を向けたジェレミアは声をかけた。
それが、きっとジノにかける最後の言葉だと確信して。



「ルルーシュ、さま」

ジノは、二人が立ち去ったことに気づいていたが、言葉さえ返さなかった。一瞬たりともルルーシュから目を離したくはなかったから。
たぶん二人にはこれから自分がやろうとしていることを知られているだろうとも思っていた。
止められるかと思った。
だが、二人は何も言わずそのままにしてくれた。 それがありがたかった。

「もう一度、名前を呼んでほしかった…」

ジノは名残惜しくも、もう一度ルルーシュの頬をひとなでするとガラスの棺の蓋をかぶせた。
ジェレミアが、ルーシュが手ずから作ったのだろうという、弟・ロロの墓の隣に、棺は埋葬される。
棺の蓋さえかぶせてしまえば、あとは土をかけるだけ。だが、それがジノにはなかなかできなかった。

「…私の、姫君」

ジノにとってルルーシュは、たった一人の人だった。
主としても、恋人としても。
ジノにしたら、ルルーシュさえ居てくれれば他に何も要らなかった。
ルルーシュが自分と共に生きてくれるならば、世界中の人の骸の上に成り立つ世界でも、ジノにとって今現在よりよほど素晴らしい世界だった。
ルルーシュを失った世界は、ジノには何の意味もなさなかった。

「さよならは、言いません」

ようやっと心を決めたジノは、周りに盛られた土をかけ始めた。
だんだんと土の下に隠れていく棺。
全てが惜しくて、ジノは足の方から土をかけていった。
つま先、太もも、腰、腹、胸、そして―顔。

「ルルーシュさま」

ルルーシュの顔が土に隠れると、ジノの目から涙があふれた。
心が空虚になり過ぎて涙さえ出なかったジノがようやく流した涙だった。
涙を流しながら、ルルーシュの墓に十字をかがげる。
夕陽に照らされる、ルルーシュの真新しい墓。
大帝国、神聖ブリタニア帝国の皇帝の墓としては随分と粗末なものだった。
だがそれでも、ルルーシュに最後まで仕えた人々に弔われた、愛情に満ちたもの。
ジノは知ることはなかったが、このガラスの棺を新政府に隠れて大急ぎで手配してきたのは、かつては特派と呼ばれた組織に在籍していたロイドとセシルであった。

「待っていて、ください」

きっとルルーシュはこんなことをしたジノを怒るだろう。
その様は容易に想像できた。
だが。

ジノは、ルルーシュの胸を貫いたその剣を、ルルーシュがそうされたように、切っ先を胸に向けた。
その表情は、いっそ晴れ晴れとして、彼が愛した主が最後に浮かべた表情によく似ていた。

それは、新しい世界が始まりを告げた日に起こった、歴史に語られることのない出来事であった。

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