「…それでは先に行きますね」

神聖ブリタニア帝国第百代皇帝、ナナリー・ヴィ・ブリタニアはひっそりと静まり返っている墓地を後にした。
彼女が背にした墓の前には細い黒い影がある。
現在でも世界中から『救世主』として絶大な信頼と畏敬を寄せられる『ゼロ』だ。
だが、ナナリーやその他、世界の真実を知っている者たちはその人が以前の『ゼロ』ではないことをよく知っていた。

「…ルルーシュ」

『ゼロ』―いや、真実の『ゼロ』から国を預けられた枢木スザクは、墓碑の前でそっと自分の仮面を外した。
ここにはほとんど滅多に人が来ないと知っているからだ。
悪逆皇帝として名を馳せた皇帝ルルーシュに、恨みを持っている人々こそ大勢いるだろうがその生誕を祝おうとする人などほとんどいない。
いたとしても、それは真実を知っている人々だろう。
ちらりと視線をやれば季節はずれのオレンジや手作りだろう苺のショートケーキなどが墓前にささげられている。
そこには、見たこともないほど不気味な色をしたプリンらしきものもある。
それらが誰からのものだが大方検討のついたスザクは、毎年のことだがくすりと小さな笑みを漏らした。

「ジェレミア卿や沙世子さん、それにセシルさんたちも来たみたいだね」

普通、この世にいない人へと捧げものをするならば、その人が亡くなった日にするのが普通だろう。
だがこの墓標の主にはそれが許されなかった。
この人が亡くなった日は、いまの穏やかな世界の幕開けの日で、その人の死を祝うものだからだ。
だから世に広く知られた姿とは別の真なる姿を知っている人々は、ひっそりとその誕生日に亡くなった人を偲んだ。

「ねぇ、ルルーシュ。そっちはどうだい? ユフィやシャーリ―と仲良くやってる?」

そっと冷たい墓石に手をやりながら答えの返るはずのない問いかけをする。
一年でこの日、この瞬間だけ。スザクは『ゼロ』から以前の自分へと戻ることを自分に許していた。
だから、一年分。
いや、あの人がいなくなってからの全ての想いを乗せて語りかける。

「コーネリア皇女殿下とギルフォード卿が結婚されたよ。来年にはお子様も生まれるそうだ」

帝国に首都が移ってから代々皇帝稜とされてきたここは、元々ひっそりとしている。
だが、体にあたる風がより一層冷たいものに感じるのは、そのせいばかりではないとスザクは自覚していた。

「会長は、相変わらずキャスターをやってるよ。リヴァルに何回かプロポーズされてるらしいけど、いつも断ってるって。カレンが教えてくれた。 そういうカレンは変わらないよ。君と一緒にいたときと何も変わらない」

ナナリーやカレンなどは最初から、他のものたちは時間を経るうちに、静かにその真実にたどり着いて行った。
そのため、スザクが自分から『ゼロ』は自分だと言ったことはないし、そのようにとれる返事をしたことなどないにも関わらず、彼らは枢木スザクが親しかった人々の近況をことあるごとに『ゼロ』へと語りかけた。
だが、周囲の人々が何とはなしに『ゼロ』の本当の正体に気がついても、スザクはその人たちの前でも『ゼロ』であることを止めなかった。
それが、ルルーシュとの約束だったからだ。

「そうそう。こないだ、宮殿へC.C.が来たよ。あの人はまったく変わらない。僕がきちんと君の願いを果たしているかしっかり観察していったよ」

くすりと笑みが漏れる。
けれど微笑んで表情を動かすと、それと同時に頬へと涙の雫が伝わった。

「駄目、だな…」

スザクは思わず自分の顔を片手で覆った。
ゼロの仮面をつけている時は、気持ちまで強くなるのかどんなことがあっても気持ちが揺れることなんてなかった。
だが、どうしても今日は。
以前の自分に戻ることを許している今日は、弱い気持ちが溢れてどうしようもなくなってしまう。
そして、生前には決して言えなかった言葉を紡ぐ。

「ねぇ、ルルーシュ。僕は…。俺は、君が好きだったよ」

言ってからまた涙がこぼれる。
言えなかった言葉は、年を重ねるごとに重みを増してスザクの心で一番優しいところを占めていく。

「世界で一番君を幸せにしたかったし、君を誰より愛していたよ。ユフィとは別の感情で、君を愛してた」

もう決して想い人へ届かない言葉だ。
大切すぎて告げられなかった。
告げずに時を過ごせば、いつの間にか愛を語らい合うことは許されない関係になっていた。
再び絆を取り戻しても、時間は残されていなかった。

「ねぇ…ルルーシュ」

最後の時を過ごした一か月。
告げようと思えばいつだって告げられた。
だが、自分の想いを告げなかったのは、優しいあの人を傷つけたくなかったからだ。
きっと、ルルーシュが自分の気持ちを知ればゼロレクイエムの終幕をためらうに違いないと思ったのだ。
あのCの世界で対峙した時から、ルルーシュが自分の悲願を勘違いしていることはわかっていた。
スザクの悲願がユーフェミアの仇であるルルーシュの命を奪うことだとずっとルルーシュは思っていのだ。
もちろん敬愛する主であったユーフェミアを辱めた上、その命を奪ったルルーシュは憎い。 愛していたから、信じていたからこそ、余計に憎かった。
ただ、ルルーシュへ向かう気持ちが全て憎悪によって塗りつぶされたわけではなかった。
自分でも分からないほど混ぜ合わさっていたのだが、ユーフェミアのことがあっても確かにスザクはルルーシュを愛していたのだ。

「君は…」

でも、本当は自分の気持ちに折り合いをつけることができなかったから。
ただ、それだけのことなのかもしれない。
だからこんなにも、伝えられなかった言葉は胸をえぐるのだろうか。

「君は、少しでも俺を愛してくれていたのかなぁ…」

優しい、優しいルルーシュ。
目に浮かぶのは困ったように眉を下げて「仕方ないやつだな」と笑う君の姿。
幼いあの日に、握った手を離さずにいればこんな結末になることはなかったのだろうか。

「ルルーシュ…君が…。きみの、ことが」

頬を流れる涙は墓石に次々と落ち、そこを濡らす。
伝う涙を止めようとする気もスザクにはおきない。
思い出すのは、最後の最後、仮面越しに自分の頬を撫でた血にまみれの白い手。
百万回の愛の言葉より。百万回の口付けより。
ルルーシュが最後にスザクへ送った『ギアス』と抱擁は重いものだった。
ルルーシュの願いを叶えることができるのは自分しかいないと、託された『ゼロ』の仮面に優越を持っている。 だが、決して二度と触れ合うことができない、そのぬくもりが恋しくて仕方がない。

「例えようもなく、すきだった」

どこへも行くあてのないスザクの告白は、いつも闇の中へと消えていく。
それが己に課せられた永遠の呪縛であり、決して逃れられない幸せな初恋なのかもしれない。
その幸せと苦さを常に噛みしめながら、スザクはこの日、夜が明けるまでひたすらに泣き続けた。


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