ごめんなさい。
私が弱いばかりに、あなたに辛い思いをさせてしまった。
ごめんなさい。
私がもっとしっかりしていれば、あんなことにはならなかったのに。
だから、これがせめてもの私の―――。
「ルルーシュ、大丈夫か!!」
富士上空にて始まった、シュナイゼルとの一騎打ち。
両軍ともにほとんどのナイトメアフレームを失い、ダモクレスのフレイヤはルルーシュがニーナに開発させた威力無効化装置によって使い物にならなくなった。
だが、それだけでダモクレスが陥落するはずもなく、ランスロットのサポートに回るためルルーシュ自身も蜃気楼に乗り前線に出陣した。
その直後だった。
まるで見計らったかのように、ダモクレスより蜃気楼を狙い打った攻撃が放たれたようとしたのは。
「ああ、無事だ…」
だが、蜃気楼がその攻撃にさらされることはなかった。
間一発、ランスロットが蜃気楼を助け出したためだ。
しかし、それだけではなく、攻撃事態が蜃気楼まで届かなかったせいでもある。
ダモクレスのミサイル発射管は、隣に位置していた別の攻撃用ミサイルで破壊されていた。
「自滅…?」
ダモクレスのさまを見て、スザクが小さくつぶやく。
いったい、何が起きたのか、ルルーシュにもわからない。考えられることは、スザクとまったく同じだ。だが、そんな失態をあのシュナイゼルがするはずがない。
疑問ばかりが頭を埋め尽くし、戦場もダモクレスの奇怪な行動に沈黙した。
『無事ね、ルルーシュ!』
その時、突然ルルーシュの無事を確認する声コックピットに響いた。
それは、オープンチャンネル回線だったようでランスロットにもその声は届いた。
「アーニャ?」
「アーニャ・アールストレイム?」
声に遅れて映像が二人のコクピットに流れる。
そこに現れたのは、幼い顔立ちのナイトオブシックス。いつもの無表情はどこへいったのだろうか。
今は、画面越しに見えるルルーシュの無事な姿に安堵してか、やわらかな微笑みを浮かべている。
常とは異なるアーニャに、ルルーシュは困惑したが、スザクは違った。
この違和感は間違いなく…。
『…っ』
『いったい、何をしているんだい? アーニャ』
画面の中で、銃声がした。
撃たれた肩に血が滲み、苦痛に顔をゆがめるアーニャと、もう一人。
自ら銃を構えたシュナイゼルだ。いつも傍らにいるカノンは、事態を収拾しているのか傍にはいない。
「内輪もめ…か?」
「違う、ルルーシュ! あれは君の」
『持ち場はどうしたんだい、アーニャ?』
スザクの言葉にかぶさるように、画面の中のシュナイゼルはアーニャに問うた。
じりじりと、距離を詰めるシュナイゼルと背後に視線をやるアーニャ。
画面では半分だけしか見えないが、彼女は痛みにしかめた顔を一掃し品のある穏やかな顔で笑った。
『答えを…。9年前、あなたに差し上げられなかった答えをお持ちしました』
笑ってまるでドレスでも纏っているかのように優雅に礼をしたアーニャ。
そんなアーニャに、シュナイゼルは一瞬、虚をつかれたように目を見開き、少しだけ目を細めた。
『答え? あいにく、私には君に何かを訪ねた覚えもないし、君の答えを待っている覚えもないのだがね』
『9年前。陛下の誕生を祝した宴の帰り道でした』
シュナイゼルは、アーニャの言葉にこころあたりがあったのか、その瞳はみるみる見開かれていった。まるで「ありえるはずがない」というように。
アーニャはそんなシュナイゼルの顔にも、慈愛を込めた微笑みを深めるばかりだ。
『貴方がルルーシュの6つの誕生日に贈ってくださった赤い薔薇が盛りを迎えていて、満点の星の下で見る姿はこの世のものとも思えないほど美しかった』
ルルーシュはアーニャの言葉に、懐かしい記憶をよみがえらせていた。
シュナイゼルが属州より帰ってきてから、兄は何が気に入ったのかよく自分のことをかまってくれた上、たくさんの贈り物をしてくれた。
その中でも、一番嬉しかったのが6つの誕生日に贈られた薔薇の生垣だった。
自分が薔薇の生垣が欲しかったからじゃない。
常より花を愛でていた母が、盛りを迎えた薔薇の美しさを喜んでくれたからだった。
『ルルーシュとナナリーは先にクロヴィス様が送ってくださり、私のことは貴方が送ってくださった。サジタリアスからアリエスでは遠回りになるのに、わざわざ』
アーニャは、その場面を思い出しているのかふふっと笑う。
ルルーシュは、その話しぶりと笑い方を知っていた。
どうして今まで気づかなかったのか、それが不思議なほど。生まれてからずっと9年前まで親しんだものだったのに。
『黙ったまま歩いていたら、後にしてきた広間で始まったのでしょう。ワルツが風に乗って流れてきました。そしうしたら貴方立ちどまて、私にすっと手を差し出して。
“踊っていただけませんか?”と…。アリエスの離宮の敷地に入っていたことを確認していたのでしょうね。薔薇の中で微笑む貴方は、悪戯が成功した子供みたいに笑っていて』
『どうして…』
歌うようにアーニャが続けると、シュナイゼルは迷子になった子供のような頼りなげな顔をして何故とこぼす。
誰もが初めて見るシュナイゼルの表情だった。
だが、ただひとり、その表情に見覚えがあるロイドは、アヴァロンで通信を見ながら泣き笑い似た顔をして呟いた。「もう、離れなくていいみたいですよ。シュナイゼル殿下」
と。
『人目がある時には取れなくても、あの夜は貴方の手を取れた。少しだけ、夢見た未来を実現させたかったのかもしれません。
だから本当は泣きたくなるくらい嬉しかった。踊り終わった後に言ってくれた…』
『“私と一緒に、二人で逃げよう” って言葉は』
アーニャよりも少しだけ低い声が、言葉を継いで放たれた。その直後、今までコントロールパネルを操っていたアーニャの体ががくりと崩れおちて画面の視界が開ける。
シュナイゼルのさらに後ろの暗がりから、すらりとした姿が現れた。
腰までの黒髪をゆらめかせ、背筋をぴんと伸ばした美しい女だった。
美しいその容貌は、今では「悪逆皇帝」と名を広めた皇帝ルルーシュと瓜二つ。
『マリアンヌ…』
「母さん…」
そこには、生身のマリアンヌがいた。
ルルーシュがCの世界で別れを告げた母の姿が、体を伴ってそこにいた。
『答えを待ってくれた貴方に、本当はあの日…私が殺された日、V.V.と会った後、答えを伝えようとしました。その時の答えは、“NO”でしたけれど…』
微笑むマリアンヌは、Cの世界で頑是ない子供のように自分の夢を語った人物とはとてもではないが同一人物だとは思えなかった。
ルルーシュが慕った、記憶の中の優しい母そのままの姿と話しぶりだった。
シュナイゼルは画面に背を向け、カランと銃を取り落とした。
そこでマリアンヌは、画面越しのルルーシュを見つめた。
『ルルーシュ…。大きくなったわね…。もう一人の“私”が犯したことの罰まで被ることはないわ。今更、母親面をしてもどうしようもないけれど、せめてこの罪は私に背負わせてちょうだい』
「母さん…?」
『C.C。約束通り、ルルーシュについていてくれてありがとう。最後まで…迷惑をかけるわ』
画面には出ていないC.C.にもマリアンヌは声をかけた。それは親しみに満ちた声だった。
「…いくのか?」
『ええ。こんなことを言うのも場違いだけれど…私、幸せよ』
本当に幸せそうにほほ笑むマリアンヌ。
そこに、ふらふらとおぼつかない足取りで夢遊病者のようにシュナイゼルがマリアンヌの傍まで近づく。
そして、他人にもそれと分かるほどきつくマリアンヌを抱き締めた。
『答えを…聞かせてくれるのか?』
子供みたいに、頼りなげな小さな声だった。
マリアンヌは背後に回していた手を片手だけ回して、シュナイゼルの背をゆっくりと撫でた。しゃくりあげる子供を宥めるような姿だった。
『…ええ。一緒にいきましょう。ずっと、ずっと一緒に…もう頼んだって離れてあげませんわ』
そう言った直後だった。
不自然に背に隠していた手に持った剣でシュナイゼルを背中から貫いた。その切っ先は、マリアンヌ自身の胸もえぐった。
『お前と、一緒にいけるのか…』
『ええ…地獄だろうと一緒についていって差し上げますから…』
『あい、してる…よ』
『ええ…殿下…私も、ずっとずっと、愛しておりましたわ』
シュナイゼルは、子供のように笑った。
きっと、誰もが初めて見る、邪気のない、きれいな笑みだった。
その微笑みを見たとき、ルルーシュやスザク、そのほか、シュナイゼルと深く関わりを持つ人々は理解した。
いつだって満たされたない顔をしていたシュナイゼルが心底、欲しがったものは、マリアンヌのこの言葉だったのだと。
『やっと…いってくれた、ね』
『なんどだって、これからいってあげます。いやだ、っておっしゃった、ってやめてあげません、わ』
白いシュナイゼルの服が血で赤く染まる。
崩れ落ちたシュナイゼルを抱きとめるマリアンヌは、満たされた笑顔を浮かべて、画面を見つめた。
『――――――』
唇が何かを形づくったが、それが音になることはなかった。
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