「…ルルーシュ? ルルーシュ?」

何度目かの呼び声が耳に入り、ルルーシュはハッとして自分の傍らを見た。

「ユフィ……」

傍らには、あの日と変わらないユーフェミアの姿があった。
驚きのあまりに口もきけないルルーシュだったが、ユーフェミアはようやく自分のほうにルルーシュが注意を戻したことを確認すると再び話をし始めた。

「だから、お姉さまと一緒に今度のエリア12には副総督としていかなくてはならないの。ルルーシュとも簡単に会えなくなってしまうわ。シュナイゼル兄様や…」

ルルーシュの耳にユーフェミアの話など入ってこなかった。
ただただ、確かに自分が殺したはずのユーフェミアが生きて話していることがルルーシュには信じられなかった。
だが、そこで奇妙な違和感がルルーシュを襲った。

「クロヴィス兄様も…ってルルーシュ聞いてるの?」
「あ、ああ…すまないユフィ。少しぼーっとしていた」

そんなことが起こるはずはないのだ。
自分がユフィを殺すなんて、そんな事態。
生まれてからいつだって、ルルーシュの周りでは平穏な時が流れているのだから。
そうだ、ここは帝国首都の屋敷で、久しぶりに会ったユーフェミアとテラスでアフタヌーンティーを楽しんでいたのだ。

「もう、ルルーシュってば…。そんなにヴァインベルグ卿に早く伝えたい?」

心ここにあらずといった様子のルルーシュに、ユーフェミアは微笑を漏らす。
くすくすと、笑みをこぼしながら紅茶の入ったティーカップを優雅に傾けて、綺麗に手入れされた庭園の花々に目を向けた。
その綺麗な横顔に、あれは夢だったのか、と心底ルルーシュは安堵した。

「卿はすぐにでも帰ってくるわ。第一線にいたとしてもルルーシュのためにならトリスタンですぐに帰って来てしまうでしょうね」
「ユフィ…」
「あら、本当のことよ? お姉さまが言ってらしたもの。婚約時代、ルルーシュがパーティーに出かけると聞けば時差を計算して、その時間になるとそわそわと落ち着かなくなって、今にもトリスタンで本国へ帰りそうな雰囲気だったって」

そうだ。
年頃になったルルーシュは、シュナイゼルが薦めた者と婚約をし、皇籍を返上して降嫁してたのだ。 ナイトオブラウンズではスリーの座にある、ジノ・ヴァインベルグに心底請われて、ルルーシュは彼の花嫁となった。
戦場では鬼神のごとき強さを発揮し、冷静沈着な手腕を見せるジノだが、ルルーシュには骨の髄まで惚れ切っていて、彼女の前では情けないただの男になりさがる。
もっとも、その事実を知るのは彼らに近しいごく一部の人間だけだったが。

「だが、さすがに今日は無理だろう…。たしか、ラウンズの定例会があると言っていたから」

ルルーシュは2、3日前から体調を崩しており、今日の午前中に医者に見てもらった。
朝から軍部へと出勤しなくてはならなかったジノは、仕事をさぼってルルーシュの診察についていると言い張ったが、他ならぬルルーシュが屋敷を追い出した。
それでも昼前には帰ってきそうな気がしたから、ルルーシュはきちんとジノに釘をさしておくことも忘れなかった。
午後に予定されているラウンズの定例会までしっかり出席してから帰って来い、と。

「ラウンズの定例会? それなら、きっと…」

と、ユーフェミアが途中まで言いかけた時だった。

「ルルーシュ!! 病気とかじゃなかった!?」

ばたばたと、作法に煩い貴族の一員とは思えないような足音を立てて件のジノがテラスに駆け込んできた。
目を丸くするルルーシュに、「やっぱり」と言った顔で笑んだユーフェミア。

「ジノ! お前、定例会は終わったのか!?」

いくらなんでも定例会が終わる時刻には早すぎると、ルルーシュは非難を込めてジノを睨む。
だが、ジノはそんなことを構っていられないのか、ただ答えになってない答えを返すだけだ。

「いや、終わってないんだけど、途中で帰っていいってヴァルトシュタイン卿が言ってくれたからいいんだ! で、本当に大丈夫だったのルルーシュ? ねえ、病気とかじゃないよな?」

ルルーシュを心配するあまり、この場にユーフェミアがいることにもジノは気づいていないようだ。
いくら皇帝直属の騎士だとは言え、常であれば不敬をとられるところだ。
ユーフェミアは元々そういうことを気に留めるような質ではないから、ただことの成り行きを笑顔でみつめている。
溜め息を付いたルルーシュは、取り合えず一番ジノが気にしている診察の結果から告げてやることにした。

「三ヶ月だ」
「………余命…?」
「馬鹿!! 誰が余命三ヶ月だ! お前は私を殺したいのか!? 妊娠に決まってるだろう!妊娠に!」

どうしても命に関わるものだという考えから抜け出せないジノの答えに、思わず大声で怒鳴り返してしまったルルーシュ。
ジノはその剣幕にか、告げられた言葉になのか、呆然としている。

「にん、しん…?」
「やることはやってるんだから、結果が出てもおかしくはないだろう?」

鸚鵡返しに呟くジノに、呆れたルルーシュは当然だろうと答えた。
しばらく、「にんしん、さんかげつ…」と繰り返していたジノだが、突然涙をこぼした。

「お、おい、ジノ?」

さしものルルーシュも慌てて手近にあったクロスでジノの涙を拭ってやると、ジノはまるで子供のようにルルーシュを力の限り抱きしめた。
そんなジノに、仕方がないとルルーシュはその背を優しく撫でてやった。
この男は、存外甘えたがりで泣き虫なのだ。

「おい、ジノ。泣くのは子供が無事に生まれてからにしろ。今から泣いてどうする」

するとジノはパッとルルーシュを抱く力を緩め肩に手をやり、ルルーシュの腹を心配そうに見つめた。

「ご、ごめん! 今のでお腹つぶれちゃったりしてない…?」
「まだ腹も膨れていないのにつぶれるわけないだろう。それより、いい加減情けない顔をするな。ユフィに笑われるぞ」

その言葉でようやく、この場にユーフェミアもいることに気づいたのか、ジノはさっと膝を折って挨拶を始めた。

花咲く庭で、いとしい時間を過ごす。
傍らには自分を心から想ってくれる伴侶がいて、たまには兄弟たちとの交流もある。
平凡だが穏かな日常。
情けない姿を見られたからだろう、顔を赤くしながらユーフェミアに挨拶をするジノを穏かにルルーシュは見つめる。

「幸せな」現実に、花のようにルルーシュは笑った。

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