「ねえルルーシュ、機嫌なおしてくれよ」

制服のズボンだけを身にまとって、鍛えられた上半身も露わに、ジノ・ヴァインベルグはベッドの上の白い山に懇願していた。
乱れたシーツに脱ぎ散らかされた制服。
この部屋でいったい何があったかは、火を見るより明らかだった。

「私が全面的に悪かった。反省してる。二度としないから」

ジノは平身低頭の勢いで謝罪の言葉を並べるが、そのどれもが軽い。真剣に謝っているのか甚だ疑問だ。
シーツに包まっているルルーシュも、ジノの謝罪が形だけだとわかっているからだろう、一向にジノの呼びかけに応じる様子はなかった。

「次は本当に気をつけるよ」

それでもジノは云い募る。
きっとジノはルルーシュが答えを返すまで続けるだろう。
ジノ・ヴァインベルグとはそういう男だ。
意味のない謝罪を聞くのもいい加減鬱陶しくなったルルーシュは、顔を出さないままようやく口を開いた。

「…その約束は聞き飽きた。…二度までなら『つい、うっかり』もわかる。…だがな」
「………」
「今日はすぐ手の届く場所にあった。けれど、お前は時間も余裕もあった癖に着けなかった。その意思がないから。それ以外考えられない」

ジノは沈黙を守ったまま。
相変わらずシーツに籠ったままのルルーシュから見ることはできなかったが、ジノの表情は全く悪びれたものではなかった。
そのことからもルルーシュの指摘が正しいものだとわかる。

「お前…これで出来たらどうする気なんだ…」

何も言わないジノに、ルルーシュは心底困り切った、彼女には珍しいぐらい気弱な声で呟いた。
二人が何をもめているか、もとい、ルルーシュが何に苦言を呈しているかといえば、ジノが避妊具を着けようとしないことだ。
一度目は二週間前。
ジノの都合で三週間ばかり逢えなかったからこそお互いに切羽詰まっており、ルルーシュが気づいた時には後の祭りだった。
このときはルルーシュ自身も至らなかったと反省しているが、ジノに気をつけてくれと頼んだ。
二度目はつい一週間前。
突然ジノがルルーシュを押し倒してきたのがことの始まりだった。
ルルーシュは始める前に再三避妊具をつけろと言った。けれどジノの口から出てきたのは「今日は持ってない」という一言。
じゃあ止めろ、とルルーシュは言ったが、一度火のついたジノを止められるはずもなく結局は押し切られてしまったのだ。
その時もジノは、事後、彼をなじるルルーシュに「今度から気をつける」「もう二度としない」と言ったのだ。
そうして、その約束が破られた三度目の今日。
何だかんだ言いつつ恋人を甘やかしていたルルーシュの堪忍袋は限界を迎えた。
さすがのルルーシュも、ジノが計画的に忘れたふりをしていることにようやく気がついたのだ。
ルルーシュの前では人懐こい大型犬のような振る舞いばかりするため、彼女は彼の正体を忘れがちだ。
だがルルーシュはジノが従順な飼い犬ではないことを思い出した。

「お前の約束を信じた私も馬鹿だが…」

誰に聞かせるでもなく自分の落ち度もあった、とルルーシュはつぶやく。
このまま恋人関係を続けるには自分が策を講じるしかない、いや、それよりも別れてしまおうか…とルルーシュが思案していると、彼女の体はシーツの上から大きな腕にすっぽりと収まった。

「ルルーシュの気持ちを無視して悪かったよ」

取り繕うことが無駄だと悟ったのだろうか、今度のジノの態度と言葉には誠意が感じられた。
ルルーシュは恋しくも憎らしい男の腕の中でみじろきした。
返事をしないのは、「許したわけじゃない」という態度を崩さないためだ。

「悪いと思ってるのは本当なんだ。それだけは、信じてほしい」
「………」
「でもね、ルルーシュ。私は貴方との子が欲しい」

どんな反応もしないようにしていたルルーシュだが、そのジノの発言には反応を返さざるを得なかった。
驚きに体が跳ねる。

「私なら貴方と子供、いくらだって養えるよ。だから安心して産んで?」

人の意見を聞かないところのある男だと思っていたがここまでとは、とルルーシュは怒りを通り越して唖然とした。
確かにナイトオブラウンズの地位にいるジノの経済力を心配する必要はない。
けれど、事は経済力云々の問題ではない。
簡単に言うジノにルルーシュは二の句が告げられなかったが、ジノは構わず自分の意見を続ける。

「いま子供が出来ても産まれるのは卒業してからだろう?」

ジノはまるで本当にそこに子供がいるかのように壊れ物を扱う手つきでルルーシュの腹をなでた。

「まあそうしたら卒業式には大きいお腹で出てもらわなきゃいけないけれど」

滔々と、まるで熱に浮かされたようにジノは自分の理想を語る。
ルルーシュは拒絶の声を上げたかった。
けれど、耳元で囁くジノの声がそれを許さなかった。
ジノは、ルルーシュにそれこそが最上の未来だ、と言外に語りかける。

「ねえ、ルルーシュ。私の花嫁になってくれないかな?」

問いかけは、一つの答えしか許さないものだった。

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