「踊っていただけますか?」

満点の星空の下。
貴方がルルーシュに贈って下さった薔薇が咲き誇っていた。
私に手を差し出した貴方は、とても優しく微笑んで。
いつの間に身につけられたのでしょうね。
すっかりと男の余裕を感じさせる表情で。

本当は、あの告白を受けた時から、幸せな未来など訪れるはずはないと思っていました。

なぜなら貴方は未来を嘱望される皇子殿下で、私は一代限りの栄誉を許されたにすぎない一介の軍人。
例え貴方がどんなに望んでくださっても、私が貴方の隣に立てる未来なんて来なかったに違いありません。

だから、貴方のお傍にはいられなかったけれど、こうして同じ場所で同じものを見聞きできる今の境遇に感謝すべきなのかもしれません。

「…わたくしでよろしければ、喜んで…。シュナイゼル様」

貴方は私の答えに驚かれたご様子でしたね。
私も貴方を「シュナイゼル様」と呼んでしまった自分に驚きました。
もうはるか遠くに感じられるあの日々に響いていた貴方への呼びかけ。
自分への戒めのために、あなたが表舞台へと上がってからはずっと殿下、とお呼びさせていただいてまいりましたのに。
いくらアリエスの離宮の敷地内とはいえ、どこに人目があるか分からないのに。
けれど、どうしてでしょう。
その夜だけは、自分への戒めの鎖さえ緩んでいたようで。
あわてて言いつくろうとしましたら、貴方は。

「久しぶりだね、そう呼んでくれたのは」

子供のように破顔して、それはそれは嬉しそうにほほ笑まれたのです。
それを見て、私はどうして今更「殿下」とお呼びできましょうか。
それでも手を重ねることを躊躇う私の手を貴方はする、とお取りになって。
そうしましたら、まるで私は魔法にかけられたかのように貴方が踏み出すワルツに足を合わせていました。
貴方に寄り添って踊ると、時の流れを感じずにはいられませんでした。
見上げなければ合わせられない視線。
しっかりと成長した体躯。
そして重ね合わせた手の大きさ。
あの日のままではないと理解していたつもりでした。
けれど頭では理解しても、実感として理解していなかったのです。
貴方がもう少年ではないと。

「マリアンヌ」

その声すら、あの時とは確かに違うのです。
立派になられた、とじわじわとこみ上げてくるものがありました。
私の大切な大切な、シュナイゼル様。
私が生涯ただ一人と決めた主。
あの日死んだはずの“マリアンヌ”という女が息を吹き返す気がしました。

「シュナイゼル様」

私の呼び掛けにそれはそれは嬉しそうに微笑まれる貴方。
藤色の瞳が緩やかになる、その一瞬。
まだ少年だった貴方の微笑みを思い出しました。
そうして、私は気づいたのです。
ああ、私の貴方への心は死んでいなかったのだと。
いいえ、思い出した、そう言うべきなのでしょう。
決してこの先、貴方の傍らには行けぬことに絶望して固く閉ざした私の心の一番柔らかな場所。
その場所が開かれ、ゆっくりと花のつぼみが咲くように、貴方への想いが顔をだすのです。
決して許されることがないのにも関わらず。
貴方も私も、言葉は口に出さず、ただ黙ったまま踊り続けました。
ただ視線を合わせるだけで、手を取り合って触れ合えるだけで、幸せだったのです。
けれど、ワルツの間だけ許された幸福はすぐに終わりが来ます。
ああ、これで−−−。

「…不甲斐ありませんわ。せっかく殿下がお誘いくださったのに、もう足がついていきません」

貴方は音楽が止んでもステップを踏み出そうとなさいました。
けれど、私はそれを己に許すことはできないのです。
貴方の腕からすり抜けて、お辞儀をする。
礼儀としてではなく、うまく笑えない表情を隠すために少しの時間が必要だったからです。

「いいや…、君は昔のままだったよ」

優しく答える貴方。
いつだっただろう、貴方が私の手を取って二人で踊りましたね。
アッシュフォードの研究所で、音楽もなく。
まだ貴方の背丈は私と同じくらいで、照れたように笑う貴方の顔がすぐ傍にありました。

「…あの頃とは、やはり違いますわ」

柔らかな声が、貴方は笑っていると教えてくれます。
けれど私は貴方の顔を見ることはできませんでした。
優しい貴方の顔を今見たら、懐かしくて、愛しくて涙がこぼれそうだったからです。
後悔などあるはずがありません。
恐れ多くも皇帝陛下の寵を賜り、ルルーシュ、ナナリーと言うこの上もなく可愛い子を授かって、皇妃という臣民の女性の身からすれば最高の位を頂いたのですから…。
ええ、後悔など、あるはずが…。

「いいや…」

まるで私の心の声が聞こえたかのように、貴方は強くおっしゃいました。
そんなはずはないのに、私は思わず弾かれたように貴方を見つめてしまいました。
星空を背負って立つ貴方は息を飲むほど美しかった。

「君はあの頃と少しも変わらない。…私が恋した、私が愛した貴方のままだ」

息が、止まるかと思った。

「今でも愛してる、マリアンヌ」

どこか泣き出しそうに笑う貴方。
けれどそれはすぐに見えなくなる。
きつく、貴方の腕が私を抱きしめた。

「一日だって…あの日から一日だって君を忘れたことはなかった…!」

あの日。
大人びた貴方が子供のように叫んで私の名を呼んだあの日。
私も一日たりとも忘れたことはなかった。
そう。
いつだって、ふとした時に貴方を想っていたのだ。
宙をさまよっていた私の手は自然と貴方の背を抱きしめ返していた。
それが当然であるかのように、いつの間にか。

「…シュナイゼル様…」

私の呼び掛けはまた元に戻っていた。
私を抱きしめる力が強くなって、誰かに見とがめられたら、とはっとした。
けれど、私の前では常の仮面を捨てる貴方をどうしても突き放せない。
そしてなにより、私自身がが貴方から離れがたく思っていた。

「マリアンヌ…」
「はい」

震える声が、たまらなく愛しかった。

「私と一緒に、二人で逃げよう」
「シュナイゼル様…」
「十年待った…十年、君を迎に行く日だけを夢見てきた」

吐息にまぎれさせて囁いて、貴方は、私を腕から開放した。
真摯に私を見つめる瞳には、あの頃と変わらない一途な光が輝いていた。

「一緒に逃げよう」

シュナイゼル様。
私のただ一人の方。

「マリアンヌ」

はい、とこの場で答えられたらどんなに幸せだろうか。
答えは決まっていても、私はすぐに口にしなかった。

(…貴方に愛されて、私は誰より幸せな女です)

私はただ、精一杯の微笑を浮かべた。
いつの間にか、涙が一筋頬を伝わっていた。

「返事はすぐには聞かないから…だから考えてくれ」

涙を流した私を慰めるようにもう一度抱きしめる貴方。
貴方が誰より好きです。
貴方を誰より愛しています。
そう、私は心で呟いた。



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