輝く黄金の髪に、意志の強さと柔和な優しさが入り混じった瞳。
まだ年若い、青年ともいえない少年だった。
アスプルント家の若君と共にいるのだから、どこか高貴な家の子息なのだとは察しがついた。
だが、違ったのだ。全てにおいて、彼は。
特にその身にまとう空気は確かに支配者―いや皇帝のそれで。
ああ、真に高貴な者と言うのはこういう方のことを指すのだ。と、胸にすとんと落ちるように納得した。
だから、その場にいた誰より先に膝を突いた。
彼の身分を知っていたからではない。
彼は13の時までは公式の場には姿を現さないことになっていたから、誰も彼の顔など知らなかった。
ただ、体がそう動いたのだ。
自分が跪くのはこの方なのだ、と。
周囲も、彼も酷く驚いた顔をしていた。
少しだけ覗いた彼のそんな顔は先ほどまでとは打って変わって年相応の可愛らしいもので、頭を垂れた私の顔には笑みが広がった。
それから彼は、何故か私の元によく遊びに来るようになった。
彼は別に何をするでもなく、ただ私がガニメデに搭乗したり、提出する資料をまとめているのをただ眺めてるのだ。
退屈ではありませんか?と尋ねるが、「いいや。大変興味深いよ」と随分と大人びた答えが返る。
それでも時折、構ってほしいような顔をなさる。そういう時は、時間が許す分だけ、彼の話し相手を務めた。
話す内容はたわいのない。彼が興味を持つ世界中に点在する遺跡のこと。庶民の暮らしぶり。私が騎士になった理由。本当にたわいもないことを延々と話た。
特に彼は私の話を聞きたがり、私が話している時間の方が圧倒的に長かったように思う。
大変失礼だとは、思いますが…変わってらっしゃいますね。
高貴な方に恐れ多い口の利き方だとは分かっていたが、つい本音がぽろりと出てしまった。
しかし、彼は嫌な顔一つせず、こう言った。
「貴方のことならどんなことでも知りたいよ。貴方は私よりずっと大人で…」
彼が言いよどんだ先は何となく理解できた。
きっとそれは、私と彼のどうにも出来ない年齢の差のことだったのだろう。
その瞳はいつにないほど真剣で、目を離せなくなった。
生涯、この時ほど幸福というものに包まれていた瞬間はなかった。
「ねえ、マリアンヌ。私はまだ、本当に子供だし、何の力も持たない只の皇子だけど…いつか君を一番傍に…私の一番傍に…皇妃に迎えてもいいだろうか?」
いったい私の何が彼の目に留まったのは分からない。
けれど、彼の澄んだ瞳はまっさらで。
ただ胸が一杯になって、久しく忘れていた涙が一筋流れた。
「マリアンヌ!マリアンヌ!空けてくれよ、マリアンヌ!」
兵舎に与えられた部屋で最後の夜を過ごしていると、押し殺した、でも必死な声と共に扉が叩かれた。
声の主は分かっている。
ただ一人。
自分が真に膝を折ると決めた方。
ただ一人。
自分の心を全て明け渡すと決めた方。
「なあ、嘘だろう?父上の…皇妃になるなんて嘘だろう?」
なんて声を出すのだろう。先日13の誕生日を迎えられ、晴れて公の場で活躍なさるようになった、もう立派な皇子殿下なのに。
既に、貴族達の間では誰より才気溢れる皇子殿下と誉めそやされてる方なのに。
「ねえ、嘘だろう?だって、貴方は…!」
ああ、どうしてそんな言い方をなさる。出会った時にもそんな子供のような、頼りなげな言い方などついぞしたことがなかったくせに。
「私の一番側に…私の妃になってくれると!」
いつでも凛として冷静な、でも、私の前では年相応の顔も見せてくれる私のただ一人の主。
大人びた酷く現実的な考え方を持つ、でも、口約束を子供のように信じてしまう、私のただ一人の…主。
「答えてくれ、マリアンヌ!」
私は決して、主の命に従わなかった。
それからしばらくして、アスプルントの若君−ロイド様の声と共に彼の気配が消えた。
殿下。
『マリアンヌ…』
殿下。殿下。殿下。
貴方にそう呼ばれることが私の誇りと愛でございました。
その夜、マリアンヌという女は死にました。
貴方の無垢な願いと共に死んだのです。
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