『幸せさ。あの子や、あの者たちが幸せに暮らせる、望んだ平和の世界の礎になれるなら』

辛くはないのか? という、騎士の質問に、悪逆皇帝と名を馳せた、今はもういない覇王は女神のような微笑みを湛えて言った。


「どうして…」

最初に大きく目を見開き、口元に手をあてて息をのんだのは神楽耶だった。
両目にはみるみるうちに涙があふれて、気丈な彼女の頬にもいく筋もの雫の跡が伝った。

「そんな、馬鹿な…」
「う、そだ、ろ?」

続いて声をもらし、呆然としたのは星刻とジノだった。
他の騎士団幹部たちも同じだった。
覇王の死後、旧黒の騎士団のメンバーたちは未だ日本にとどまっていた。
それは、超合集国議会の調整であったり、混乱した世界の今後をどうするかを決めるためでもあったりした。 だが、それぞれが各自の分野で力を発揮していたため、こうして騎士団メンバーたちで集まるのは久方ぶりのこと。
彼らがなぜ再び集ったかといえば、魔女と呼ばれたあの緑の髪の女性から招待状が送られてきたからだ。
最後の『ゼロ』からの伝言だと。
はたして集ったのは、かつて彼らが居を構えた蓬莱島。
そこには騎士団のメンバーたちだけではなく、あの覇王に縁の深い人々も一様に集っていた。
そこで彼らが魔女から見せられたもの。
それは。

「こんなっ…ずる過ぎるわ!」

あの最後の時で、薄々感ずいていたカレンだが、こうして自分の目と耳で確認したあの人の決意は悲壮すぎるもので。
ただ、今はもういないあの人を詰ることしかできなかった。

「…あんた、知ってたんでしょ。プリン伯爵」
「さぁ…どうかな」
「セシル」
「………」
「沙世子」
「………」

ラクシャ―タの問いに、ロイドはとぼけた返答をしたが、その口調は彼にしては珍しく苦さを込めたものだ。 セシルも沙世子も沈黙したままだったが、俯いた表情が語ることは言葉よりも雄弁だった。

「ゼロ、どうして君は!」

かつて誰よりもあの人を糾弾した扇も、あの人が命をかけてつくった平和を享受する今、どうしてもう少し違う道が選べなかったのか、と悔しさに涙を滲ませて、拳を手近な机に叩きつけた。

「扇さん…」

その扇の背に手をやるヴィレッタ。
女として、軍人でいたころよりも穏やかに暮らせる今、ヴィレッタも、数々の遺恨はあれど、辛すぎる決断しかできなかったあの人のことを悲しく思った。

「私は、あの子の何を見ていたのだろうか?」
「姫様…」
「あの時、9年前のあの時。私が、ユーフェミアにしてやるようにあの子を守れていたならこんな結末には…!」

気丈なコーネリアが崩れるように傍らのギルフォードの胸にすがった。
コーネリアだとて母は違えど、血のつながったあの子を愛していたのだ。
だから本当はこんな結末を迎えたくはなかった。
愛しい愛しい妹を辱めた憎むべき仇。
それでも、救えるなら救ってやりたかったと今は思う。
信じていた母にすら裏切られていた可哀想なあの子を。


魔女が残したテープは紡ぐ。
今はもう、二度と聞くことのできない声で、世界の幸せを願う言葉を。

『不幸? それは違うよ、スザク。私は確かに幸せだった。会いたい人に会えて、愛しいものに囲まれて…。たぶん、罪人の私には過ぎるほどの幸福だった。
苦労はしたさ…。一番の苦労は、おまえと初めて会ったときにしたぞ。…あぁ。あれが私の人生で最高の苦労だった。考えてもみろ。私はそれまで自分で買い物にも行ったことはおろか、 料理だってまともなものはしたことなかったんだからな。
まあ、いい経験になった。 あの苦労に比べれば、騎士団でした苦労は苦労にならないな。
…なんだ? まだ迷っているのか? あの時、Cの世界で約束したろう。私の命はお前にやると。それだけが、このゼロレクイエムの中で、ユフィの騎士だったお前にやれるただ一つのものだ。
だから、遠慮なく私の胸をつけ。
悪逆皇帝、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアを、ゼロの、お前の手で殺せ。
私の命をもって世界を話し合いの和平へと導くこと。
それだけが、私が今までの代償として世界へ払えるものだ。それだけが…』


なぁ、ルルーシュ。
お前は何も知らせずにいてほしかったんだろう?
だがな、私は天の邪鬼なんだ。
契約を無視して私を置いていった罰だ、これくらいはさせろ。
ただの悪逆皇帝として憎しみの形代にしかなれぬのでは、私の気分が悪い。
お前は私が選んだ、王なのだからな。
私が選んだ慈愛の王なのだから。


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