リクエストありがとうございました! 皐月さまに捧げます。


「ル・ルーシュゥ!!」

どすん、という音がたたなかったことが不思議なくらいの勢いで背中からミレイにのしかかられた。
いつものこと、なのだが二重生活の疲れか腰に疲労がたまって、今にもぎっくり腰になりそうな気がする今日このごろのルルーシュだ。

「もう少し落ち着いて声をかけていただけませんかね、会長」
「あらー、ルルちゃんと私の仲でそんなこと水臭いじゃない!」

そういう問題でもないのだが、何度言っても改善されたことがないのでルルーシュは呆れたため息をひとつ吐いただけにとどめた。

「で、何です? これで何もないなんて言わないでくださいね」
「ちゃんとあるわよー。ほんとルルちゃんてば水臭いんだから! このミレイさんに黙って不純異性交遊とはいい度胸じゃないの!」
「………はぁ?」

ルルーシュの背中から降りて子供っぽく頬を膨らませたミレイ。ルルーシュは本気で何を言われているのか分からなかった。
不純異性交遊とは、自分が認識している不純異性交遊のことを言っているのだろうか。
まったくもって心当たりのないルルーシュ。
態度からそれを悟ったのだろうミレイは、あら?と言って首をかしげた。

「おかしいわねー。ルルちゃんとスザクくんの交際発覚!ってホットな噂を聞いたんだけど」

その時ルルーシュの思考回路は瞬く間に凍りついた。
いったいどうしてそんな噂が出るのかルルーシュには皆目見当がつかないし、自分を出世のために売った男とそんな噂を立てられるだけでも不快感がある。
ようやく先日の学園祭の夜に、焦がれに焦がれた恋を終わりにしようと心に決めたのだ。
その矢先の噂とはなんと皮肉なことだろうか。

「ようやくおさまるところにおさまったのねぇ、なんて思ってたんだけど…」

ミレイはちらりと固まったままのルルーシュを見て、首を振る。
ルルーシュの態度は幸運にもミレイには色ごとに不慣れな乙女の反応に見えたらしい。

「学際の夜に屋上で仲良くちゅーなんてしてたって言う情報もあったから今回こそ確かなものだと思ったんだけどなー」

なんだーつまんないの!とミレイは、目の前に迫った生徒会室の中に消えていく。
不自然な態度を勘違いしてくれたミレイの背を見つめながら、ルルーシュは胸に抱いた会議の書類をぎゅっと抱き締めた。
確かにあの日、ルルーシュはスザクと口づけを交わし、恋人になりたいと告白された。

『ただ君を守らせてほしい。一番そばで僕に守らせて』

誰から? 何から?
真摯な瞳で告げるスザクにルルーシュは問い返したい気持ちでいっぱいだった。
同じ口でルルーシュを糾弾した男のものとは思えない言葉。
もしも本当に記憶がなくて、ただ慕わしい気持ちだけを彼に向ける自分ならばその申し出を喜んで受けたのかもしれない。
だが、その告白を聞き届けたルルーシュは“ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア”だ。
ゼロという仮面を持つ、真実のルルーシュなのだ。

(愛して、いたんだ)

確かにルルーシュは枢木スザクを友として、そして男として愛していた。
ルルーシュにとって命にも代えがたいナナリーを預けられるただひとりの友で、生涯を共に幸福の中で生きられたらと夢見た男。
だがその両の愛は裏切られ、二人の道はまったく別の方向に進むことになったのだ。
なのに、今更。

『わからないけど、スザク…』

愛していたから憎悪が止まらない。
捨てきれなかった恋心は、ルルーシュの中で憎しみへと転じて、スザクの告白がそれを加速させる。
だから何故こぼれたのか分からない涙を隠して言ってやった。

『私たち、友達だろう…? 一番の傍にいる友達はお前だろう?』

何もわからない、知らない、という顔で。
恋人と、一番の友人になんの違いがある?とルルーシュは続ける。
その時のスザクの顔と言ったらどうだろうか!
まるで絶望にでも突き落とされたかのような表情。
いつのまに自分はこんな風に人の不幸を喜ぶ人間になったのだろう。
趣味が悪いとわかっていても、確かに胸を満たす歓喜をルルーシュは味わう。

『それに、一体私を何から守るっていうんだ?』

この平和な世界で、いったい誰から?
テロリストのことを言ってるなら、お前は心配のし過ぎだ。
そう、ルルーシュは笑った。

『…そう、だね…租界の中ならよっぽどのことがない限り危険もない、だろうし…。守ることなら、友達でも…できる、か』

力なく言ったスザクはふらりと立ち上がると『変なこと言ってごめんね。いま言ったことは忘れて、ルルーシュ』と言った。そして、ルルーシュに背を向けて屋上を去っていった。
屋上に残されたルルーシュは、スザクが去ってしばらくすると、肩を震わせて笑った。
声だけ聞けば哄笑だと人は思っただろう。
だが、ルルーシュの目じりにはこらえきれない涙が浮かんでいた。
ルルーシュ自身も、いったい自分が何を感じているのか分からなかった。
ただ、腹の底から笑いたくて、眼からは涙があふれて。
ルルーシュはその夜、自分の感情を抑えることはせずに、気が済むまで屋上で笑い続けた。

「私も存外、女だったらしい」

ルルーシュは廊下でひとり呟く。
概して言われる『女の幸せ』というものにルルーシュは、まったく興味などなかったし、自分がそれを願える立場にないといことを重々分かっていた。
だがスザクと共に歩けたらと願った未来は、まさにその『幸せ』というものだった。
そして、確かにスザクへの恋を諦めた、と言い切れるはずなのに、心のどこかではその『幸せ』をまだ引きずっていることをルルーシュは自覚していた。
このまま生徒会室に行けば、今日は登校しているはずのスザクと顔を合わせることになる。
教室ではなんとか持ちこたえたが、広がる噂を聞いてかき乱された心のまま、何もないように振舞うことはルルーシュには無理な話だった。

「姉さん?」

廊下の真ん中で立ち止まっていれば、気づかわしげな声がかかる。
声だけで分かってはいたが、振り返るとそこにはロロがいた。
心底ルルーシュのことを信頼している目でロロはルルーシュを見ている。

「少し気分が悪いんだ…」

帰って休むことにするから、この書類を会長のところへ持って行ってくれないか?
ルルーシュが言えば、返ってくるのは揺れる瞳。

「姉さん、大丈夫? 病院行った方がいいんじゃ…」
「大袈裟だな。少し…ほんの少し気分が悪いだけだから」

ここ最近、ロロがさらに自分へと傾倒―ほとんど依存と言ってもいいほどに―しているとは気づいている。
だが、ルルーシュは別にそれを咎めるつもりはない。
戦略的に見て自分を裏切れないようになるならばいい、という考えもある。
けれど一番の理由は、ルルーシュ自身がその絶対的な信頼を寄せるロロの存在を心地よく感じていることにあった。

「じゃあ僕もついてくよ。今日は沙世子さん買い物で遅くなるって言ってたし…」
「お前が会議に出なかったら誰が私に詳細を伝えてくれるんだ?」

だから、な?
そうルルーシュが言えば、ロロはぎゅっと眉を寄せたが、「できるだけ早く帰るようにするから」と言って何度もこちらを振り返るながら生徒会室へとその身を滑らせた。
ルルーシュはロロの姿が見えなくなると、いままで保っていた微かな微笑みさえ消し去って一目散に自分の住まいであるクラブハウスを目指した。
放課後のためか、ルルーシュの姿を見る者は誰もいなかった。
もしもいたとしたら、いまにも泣きだしそうな彼女の表情に何事があったのかと大騒ぎになっていたことだろう。

「馬鹿らしい、本当に馬鹿らしい…」

自分を罵る言葉は尽きない。
枢木スザク。
彼に関することは、ナナリーのことと同じくらいルルーシュを弱くさせる。
自分を売って栄達を得たスザクは憎い。
でもそれ以上に、いまだに彼を慕う気持ちを持つ自分自身が憎たらしい。
決別すると決めたのに。
いったいいつまで自分は彼のことを引きずるのだろうか。
そう、ルルーシュが思った時だ。

「殿下?」

いったい誰のことを呼ぶんだ。
そう思ったはずなのに、聞き覚えのある声音にルルーシュはその主を探してしまった。

「殿下、お顔の色が優れませんが…いったい」

ずっと地面を見つめていた視線を上げれば、間近にせまった澄んだアクアマリンの瞳が心配そうにルルーシュを覗き込んでいた。
太陽を背にした大柄な男の金髪が、綺麗に日に透けていた。
まさか。

「ご気分でも…それともどこかお怪我でも…!」

何も答えず男を呆然と見詰めるままのルルーシュに、何を勘違いしたのか彼はひどく慌てていた。
ああ、馬鹿な男。
ルルーシュは男が誰だか一目でわかった。
『殿下』と戯れの中にも確かな熱を込めて自分を呼んだ、トリスタンこと、ジノ・ヴァインベルグ。
また会いにくると男は言った。
けれど拒絶を与えなかったからと言って、まさか本当にのこのこやってくるとはルルーシュも思わなかった。

「殿下と呼ぶなと…」

何度言えばわかるんだ。
そうルルーシュは言って、自然に。
まるでそれが当り前のことであるかのように、ルルーシュの体はジノの広い胸に落ちた。
そして、もちろん。
ルルーシュの体は、しっかりと、今となっては唯一ルルーシュが安堵をおぼえる腕に抱かれたのだ。


ちゅうと半端でごめんね!でもこの終わりの方が切りがよかったの!
もう、このあとが本番じゃない!って方も多いと思うので、隠しで用意しました。
続き、I love you for all eternity.です。

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