そんな面倒なことに、どうして頷いたのか、今でも信じられない。
ただ、その謀にのったのは自分だ。
マンネリ化した日常に変化を求めた。
のち必ず感じるだろう周囲の煩わしさなんて、その話を聞いた時には微塵も考えなかった。
エリア11。
いまだに帝国に屈しない勢力がいる地域。
反抗する勢力があるのはどのエリアも同じだが、征服されて10年以上も経っているにもかかわらず、その勢力が力を失わないのはこのエリアだけだ。
欧州との前線に出るのもいい。
だが、単調になってきた作戦に飽きを感じていたこともたしかだった。
だからこそ、趣向を変えて、帝国でも手を焼かされているレジスタンスを相手にするのも一興だと思ったのだ。 特にエリア11には、10年以上前の侵攻作戦の際に奇跡を起こしたというKMF乗りがいたはずだったから。

それゆえ、真実、自分はエリア11を治める彼女を求めて命令にしたがったわけではないのだ。
彼女は手段であり、目的では決してなかった。

「勝者! ゲオルグ・ヴェルフ!!」

自分の勝利を告げる声が遠くに聞こえる。
大きな歓声も起こっているが、それもあまり聞こえない。
ただ感じるのは、何度感じても気持ちがいい、勝利からの達成感だった。

「これは嬉しい誤算だな」

素性を隠してエリア11を治める皇女殿下の騎士選抜トーナメントに申し込んだのは、当初の予定通りだった。
自分の力一つでナイトオブランズのナンバースリーをもぎ取ったジノには、他の参戦者たちを倒すことなど、赤子の手をひねるよりも簡単にできた。
エリア11に赴任するためとはいえ、最後に自分が演じなければならない喜劇も、こんなままごとのようなトーナメントもジノにとっては本当につまらないものでしかなかった。
だが、それはジノの予想に反して、存外に彼を楽しませるものだった。
決勝で戦った相手は、ナンバーズの青年だった。
ブリタニア軍の歩兵部隊に所属しているようだが、ナンバーズにはKMFの搭乗は許されていないはずであるから、彼にKMFの実戦での経験があるはずもない。
けれど、その青年は帝国でも三本の指に入るKMF乗りの自分といっときでも互角に戦ったのだ。
今回勝利をおさめられたのは、ひとえに相手に実戦経験が全くなかったからだ。
ある意図のもと自ら返上したとはいえ最強騎士、ナイトオブラウンズとしてプライドはもちろんある。
しかし、それ以上に久々に全力で戦える相手を見つけた喜びの方が大きかった。
早々に帝国で皇帝の座に最も近いあの方にかけあって、子飼いにでもしてもらって鍛えてもらう。

「勝者には総督閣下より直々の栄誉が送られます」

きっと近いうちに来るであろう、全力を出しても中々決着がつかない戦いを思い描いていたが、決闘の審判の声によって現実に引き戻された。
ああ、そうか。
茶番はまだ続くのだ。
いや、ここからが本番だと言っても差支えない。
今さらだとは思うが、本当にどうして自分はこんな役を引き受けてしまったのだろうか。
幸運も拾ったが、それにしてもやはりそれへの対価たる茶番は自分にとって幸運を上回る煩わしさのような気がする。

「どうした、ゲオルグ・ヴェルフ!!」

せかされる声に、重い腰を上げる。
自分にとっては道化であり、世界中の人々にとっては世にもロマンチックな男の仮面をかぶる時間だ。

「勝者、ゲオルグ・ヴェルッ…!?」

コックピットのハッチを開けると、私の登場に合わせて名前がもう一度コールされる。
だが審判の声は途中で途切れる。
先ほどまで興奮した面持ちで勝者の登場を待っていた観客の歓声も一瞬のうちに消えた。
その理由を自分は嫌と言うほど知っている。
これこそが自分たちが意図したことなのだから。

「ナイトオブラウンズ…、ジノ・ヴァインベルグ卿」

誰かが茫然と、だが確かにつぶやいた。
勝者として叫ばれた名前ではなく、確かにここに立つ本当の自分の名を。

しん、と静まり返った中で、ぐるりとあたりを見回す。
先ほど自分が倒したKMFから相手のパイロットが出てきた。
遠目から見ても自分と同年代だとわかる青年だ。
線が細くて、あれでよく初めて搭乗したKMFに振り回されなかったなと思う。実戦経験のないものなのだから、それだけで十分に誇れることだ。
次に戦う時にはもっと強くなっているだろう相手との対戦を脳裏に一瞬思い描いて、今日一番の舞台へと歩みだす。
目指すのは、かりそめの我が愛しのジュリエットが待つバルコニーの前だ。
決闘場を見渡せる、バルコニーにいるのはもちろん今日の主役たる、ここエリア11の総督閣下。
ブリタニア帝国第三皇女、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア殿下。

「殿下…ルルーシュ殿下、ようやく貴方の御前に立てた」

かつて閃光と謳われた騎士候マリアンヌ。
その強さと美貌を見染められて、平民でありながら第五皇妃の身分を与えられた誰もがうらやんだ女性。
その彼女が産んだ、姉妹皇女の姉姫。 それが、目の前にいるルルーシュ皇女。
母譲りの美貌に、血筋からからのものか類まれな頭脳。
たった一年でこのエリア11を半ば手中に治めるその手腕。
誰もかれもが彼女の騎士の地位を手に入れんとした。

「ルルーシュ殿下、私の名はゲオルグ・ヴェルフではありません」

白磁の肌に、波打つ黒髪。
紫電の瞳が、これでもかと見開かれる。
ゆっくりと跪き、騎士の礼をとる。
一生、誰か一人の為に剣を捧げるなどするはずもないと思っていたが、案外きっかけというものは安易に転がっていた。

「私の本当の名は、ジノ・ヴァインベルグ。恐れ多くも皇帝陛下よりナイトオブラウンズ、ナンバースリーの位を頂戴しておりました」

誰もかれもが息を飲んで、ジノの言葉を聞いている。
それはそうだ。
会場に詰めかけた一般人にっとっては、ナイトオブラウンズと言う最高最強の騎士が物語のように皇女に跪いて、何事か―きっと愛の―を語っているのだから。

「ですが、殿下。私は、貴方がトーナメントで騎士を選抜すると言うことを知ってしまった。私は居ても経ってもいられなくなりました」

クッと己の言葉に笑いがこみあげてくるのを必死にこらえながら私は語る。
ああ、なんて耳触りのいい、都合のいい言葉だ。
だがしかし、これを真実にしなければ。
さあ、顔を上げよう。この世の誰よりも貴方が愛しいという顔をして、我が愛しの姫君を見つめなければ。

「ルルーシュ姫。恐れ多いことと知りながら、私は…私は貴方を…」



―お慕い申し上げています。

騎士から姫君への告白に、あたりは歓声に包まれる。
これが後々まで語られる世にも美しくロマンチックな騎士と皇女の物語の始まりである。
だがしかし、物語の真実が往々にしてそうであるように、この物語のそれも後世に語り継がれたものとはかけ離れていた。
そう、民も貴族も、誰もかれも―たったひとり、当人の騎士以外は、誰も気がつかなかった。
姫君の顔色が、驚きからくるには過ぎた、いっそ病的なまでに血の気が引いたものだったのを。
その瞳が、ジノではなくどこか他の場所へとすがるように向けられていたことを。


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