朝方、あの夢と母ながらルルーシュを疲れさせる一番のマリアンヌのおかげで憔悴していたルルーシュも、 教職員の研究会のために半日にで授業が終了することを思い出し、上機嫌で登校していた。
珍しく早く帰れるのだから、ナナリーの好物のチーズケーキでも作ってやろうか、とルルーシュは思っていた。
予定通りお昼に授業が終了し、クリームチーズがないな…、と冷蔵庫の中身をあれこれ思い返していたルルーシュ。
だがそんなルルーシュの午後の予定は、直後に聞こえてきたある人物の声によって変更せざるを得なくなった。


「だっから、ごめんってばー」
「………」
「ほらー、最近『いけ!突撃、隣の生徒会室』で忙しかったじゃない? それですっかり忘れちゃってて」

だはー、と親父のような笑い方をするのは、グラマラスな肢体と美人と呼ばれるに相応しい造形を持つミレイ・アッシュフォードだ。
アッシュフォード学園の理事長の孫娘で、高等部生徒会、生徒会長を務めている。
顔の広い母は、ミレイの祖父とも親交があったため、ミレイとルルーシュは幼馴染といえる関係だ。

「ねー、ルルちゃーん。本当にごめん! この通りっ!」

お祭り好きで、よくルルーシュのこめかみに青筋を浮かべさせるミレイは、いつものようにルルーシュに謝り倒していた。
そんな二人がいるのは、アッシュフォード学園が位置するこの国の首都から高速列車で北へ一時間ほど行ったあたりにある世界に名だたる学園都市。
その町の中心より少しばかり離れた場所にあるブリタニア女学館の応接室にて、傍から見れば滑稽なやりとりは行われていた。

「わかりました…その代り、会長…今度の決算書、私は手を貸しませんからね」
「うっ……ルルちゃんに手伝ってもらえないのは痛いけれど…許してもらえるなら仕方ない、わ、ね…?」

憮然とした面持ちのルルーシュにミレイはすがるように上目を使ったが、長い付き合いでこれ以上の譲歩は引き出せないとその態度から悟ることができた。
もともと今回の非は全面的にミレイにあるため、強くは出られない。

「当然です。それにしても、どうしてこんな大切な行事を忘れられるんですか…」
「いやはははは…面目ない…」

笑いつつも、肩を落として謝罪するミレイに、腕を組んでソファに腰掛けていたルルーシュは深くため息をついた。
帰り支度をしていたルルーシュの耳に飛び込んできたのは、ルルーシュにとってあまり聞きたくない声だった。
というのも、それは事あるごとにルルーシュを厄介事へと巻き込むミレイ・アッシュフォードのものだったからだ。
つい先日も、『突撃! 隣の生徒会室』という名目で放送部を引き連れ、自らアナウンサーとなって生徒会室で仕事をしていたルルーシュの元に押しかけてきた。
おかげでその日予定していた生徒会業務は半分も進まなかった。
そして、その準備をしていたおかげで忘れてしまったとミレイが言ったのは、本日ブリタニア女学館で開かれる、両校の生徒会による交流会だ。

「まあ…すっぽすことにはなりませんでしたから良かったことにしましょう」
「ルルちゃーん! ありがとぅ!!」

結局、最悪の事態は免れたのでルルーシュはいつものようにミレイを許した。 そんな寛容なルルーシュに、ミレイはがばっと抱きついたちょうどその時、二人が待っていた応接室の扉が叩かれた。

「はい」
「お待たせしました。お二人ともお久しぶりです。遠いところようこそお越しくださいました」

ルルーシュが返事をすると、扉が開けられ、優美な挙措でブリタニア女学館の代表が現れた。
白い肌と桃色の長い柔らかな髪を持つ、美しい少女だ。
その名をユーフェミア。
シュナイゼルと父を同じくするブリタニア家の娘である。
もっとも、ユーフェミアとシュナイゼルの母は違う。
だが、彼女の実姉であるコーネリアともどもシュナイゼルと良好な関係を築いており、兄弟だと信じ込んでいるランぺルージ一家とも昔から交流がある。

「お久しぶりです、ユーフェミア会長。本日はお招き、ありがとうございます」

先ほどまで情けなくルルーシュに取りすがっていたミレイだが、ユーフェミアが現れると颯爽とした風情で立ち上がって彼女の傍まで行き、握手のための手を差し出した。
生来からおっとりしているユーフェミアは、そんなミレイの態度になんら疑問を抱くことなく彼女の手を握り返して、ミレイの後方に控えるように立っていたルルーシュに目を向けた。

「ルルーシュも久しぶり。元気そうで安心したわ。ナナリーやマリアンヌおば様も変わりはない?」
「ああ、変わらず元気さ。そういうユフィも元気そうだな」
「ええ。ロロも元気よ。会うたびに早く家に帰りたいって言ってるわ」

このブリタニア女学館は、この学園都市の中心に位置していて、ルルーシュの弟であるロロが通っているブリタニア学園と姉妹校だ。
両校は、頻繁に交流会を持っているようで、ブリタニア学園で生徒会に所属しているロロはユーフェミアと顔を合わせる機会も多いようだ。

「あいつは…」

ルルーシュは、ユーフェミアによってもたらされた弟の近況に苦笑した。
学園生活は楽しいようだが、寮生活を強いられて家に帰れないのが一番嫌だと家に帰ってくる度に漏らしている弟の姿から、ユーフェミアにそう愚痴を言う様は容易に想像できた。

「あー、ロロだもんねぇ」

ミレイもロロの様子がたやすく想像できるようで、あはははと笑っている。
ユーフェミアもその時のロロの様子を思い出しているのか、笑みをもらした。

「さ、どうぞ。学生会室に案内しますわ」

ユーフェミアの先導でミレイとルルーシュは応接室を後にし、生徒会室へ歩き始めた。
歴史の重みを感じさせる廊下を歩きながら、両校の代表はたわいもない話をしていた。

「そうなんですか、うちの学園も東の言葉を取り入れた方がいいって生徒から要望があるんですよ」
「東の古代文化を長く研究されていた方が昨年大学を退官されて、我が校の外国語教員になってくさださったんです。 教えた方も大変お上手で、とても評判がよい授業になっています。それに、皆さんの楽しみも増えましたし…」

ルルーシュはミレイとユーフェミアの会話に気のないぞぶりで、二人の背後を付いていった。
常ならばルルーシュも会話に加わるのだが、どうしても朝の夢が気になって会話を楽しむ気分になれなかった。
学園にいた時は夢のことなどほとんど忘れていたのに、この学園都市に降り立ったあたりから何故か夢の映像が頭から離れない。

『――――――!!!』

胸を貫く痛みと共に、彼の叫び声が耳を打った。
ただ、最後にその声が聞こえただけで満足だった。
すべてやり終えた実感と共にそう思ったのをよく覚えている。

「楽しみ…、ですか?」
「ええ、実は…あら、噂をすれば」

そう言ってユーフェミアは立ち止まり、ミレイもそれに倣った。

「ほら、あの中心にいる方。本当は、その退官された先生に教えを請いにいらしたブリタニア大学院の学生さんなんですけど、外国語クラスのアシスタントも務めていただいるんです」
「あぁ。だから、”楽しみ”なんですね」
「ええ。皆さん、他の何の科目よりテスト勉強をがんばっています」

廊下の先で大勢の女生徒たちがおり、その中心になっている男を見て、ミレイは得心がいったようだ。
それもそのはず。
その中心にいるのは、この学園にはいささか不似合いな若い、見目の良い男だったからだ。
女生徒達から頭ひとつぬけた長身と一つに束ねている長い黒髪。
カッターシャツに黒いパンツという素っ気ない服装をしているにも関わらず、男の秀麗な美貌は少しも損なわれていなかった。

「なんですか…。少し騒々しいようですけど…」

物思いにふけっていたために歩みが遅くなったのか、二人から遅れてルルーシュがやって来た。
ミレイの物言いに笑っていたユーフェミアは、「ええ、まあ」と言いながら先ほどミレイにしたように騒ぎの中心にいる人の説明を始めた。

「ルルーシュ、あの中心にいる方。あの方が、我が校に外国語授業のアシスタントとして来てくださっている黎―」

ユーフェミアの言葉に促されるようにルルーシュがその中心にいる人物に目をやる。
ルルーシュは我知らず、息をのんだ。
そこにいたのは長髪の黒髪の男。
少しばかりうつむいていて顔はうかがえないが、よく似ていた。
その姿が、夢で恋い焦がれた彼によく、似ていた。

「星刻…」
「…ルルーシュ、先生を御存じなの?」

ユーフェミアは件のアシスタントの名前をルルーシュが知っていたことを不思議に思い、ルルーシュのことをまじまじと見た。
だが、ルルーシュはそんなユーフェミアの言葉も聞こえないのかただじっと前を見つめたままだ。
ルルーシュにもなぜ、彼の名前を知っていたのかなんて分からない。ただ、唇からこぼれてしまったのだ。
硬直したように動かないルルーシュをいぶかしげに思ったミレイが「ルルーシュ?」と名前を呼んだ。
その名前が聞こえたわけではないだろうが、その時。
周囲の女生徒にいささかあきれた顔をしていた男がゆっくりとルルーシュの方を見た。

彼の瞳が、ルルーシュの視線と交わる。

そのとたん、彼の瞳がみるみるうちに見開かれて、驚愕の表情を浮かべて硬直する。
ルルーシュも呼吸を忘れた。

「あぁ…」

ルルーシュは声も発することができない。
ただ心臓が痛いくらいに脈打っている。
耳元で異常に早い拍動が聞こえる。

『ルルーシュ』

彼の声が自分を呼ぶ声を知っている。
彼の胸の暖かさを肌で知っている。
その優しさを身にしみて知っている。

私が愛した、私の―。

「―――っ!」

何事か叫んで、彼が泣き笑いにもにた表情を浮かべて駈け出す。
それだけで、ルルーシュにもわかる。
彼も自分を同じように求めていたのだ、と。
ルルーシュは自分を支えていることができずに、膝から崩れ落ちそうになる。
けれど、ルルーシュにはわかっていた。
きっと彼が。
彼が自分を抱きとめてくれると。

ああ、やっと―――。

懐かしい温もりを感じながら、ルルーシュは再び得た腕の中、満足げに息をついた。

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