※この話には『亡国のアキト第2章』のネタバレががっつり含まれております。ネタバレがお嫌な方はそっとプラウザを閉じていただければ幸いです


「そういえば今日スザクは?」

不定期だがだいたい1月に1度ほど開催しているナイトオブラウンズの定例会。
ブリタニア帝国首都・ペンドラゴンの太陽宮には、敵対勢力の者たちが見たら顔を青くする面々がそろっていた。
現在、その席を埋めている騎士たちは、ほぼ一堂に会していた。
姿が見えないのは、ナイトオブテンのルキアーノ・ブラットリーとまだ任命されて日が浅いナイトオブセブンのスザク・クルルギだけだ。
ルキアーノが欠席するのはいつものことだが、根が真面目なスザクの顔がないのは珍しい。
ひときわ大柄なジノ・ヴァインベルグは、定例会の会場に入室して早々、ここに姿が見えない一番の新顔を探した。

「ああ。クルルギならユーロに行く準備があるそうだ」
「ユーロって、ヴェランス大公のとこってこと?」

ラウンズの中で一番面倒見がいい、ナイトオブナイン、ノネット・エニアグラムがジノの問いに答えてやると、 ジノは盛大に顔をしかめて、その不快感を隠そうともしなかった。
ノネットはそれに苦笑するだけでとがめだてはしなかった。
ひときわ、騎士の態度や立ち居振る舞いに煩いナイトオブワンのビスマルク・ヴァルトシュタインですらまるで聞こえなかったかのようだ。

「よく引き受けたわね…私だったらごめんだわ」

今まで優雅に紅茶を傾けていたにも関わらず、舌を出して顔をゆがませたのはナイトオブフォーのドロテア・エルンストだった。

「ちょっと、ドロテア!」

さすがに下品な所作をとがめだてたのは、ナイトオブトゥエルブのモニカ・クルシェフスキーだ。
「アーニャが真似を…」と続けようとしたが。

「わたしも…いや」

と、いつもの無表情と淡々とした声音でアーニャが続けたので、思わずモニカは小さなため息をついた。
舌をださなかっただけマシなのかもしれない、とモニカは自分を納得させた。

「まあ、大公は悪い方ではないと思うけどね」

形だけのようなフォローをノネットが入れたが、ノネットとてあまりユーロ・ブリタニアにはいい印象は持っていない。
お互い様ではあるが、本土とユーロの溝は一夕一朝では埋まらない。
ノネットたちナイトオブラウンズひいては軍の者たち全ては、皇帝や皇族に忠誠を誓っている。
しかし、ユーロ・ブリタニア軍の四大騎士団は、その忠誠をヴェランス大公に捧げている節がある。 いや、建前上は宗主国であるブリタニア帝国皇帝に誓っているが、彼らの剣が捧げられているのが誰にだかわからぬ者はいない。
だからこそ、皇帝や皇族に忠誠を誓う想いが強いブリタニア軍の者ほどユーロ・ブリタニアに対しては剣呑な感情を抱く。
ノネットは真実、ヴェランス大公であるオーガスタ・ヘンリ・ハイランドは人がいいと思っている。
彼自身は、ユーロ・ブリタニアが創設された目的「父祖の地を取り戻す」という大義を純粋に遂行したいと思っているような人物だ。
しかし、大公の周りは違う。
いつだって隙さえあれば、本土から独立、いや本土さえ侵略しようと思っているような連中だった。
実際、大公の抱えるユーロ・ブリタニア軍の中核である四大騎士団はナイトオブラウンズに匹敵するような者たちが団長を務めている。
仮にもし、本土とユーロで決戦なんてことになった場合には、ノネットたちラウンズとて忠誠と誇りにかけて敗北などしないが、それでも両陣営が無傷ではいられないだろう。
だからこそ、本土とユーロの関係は微妙な力加減で均衡をたもったままだ。

「そういえば、ユーロで思い出しましたが、ミカエル騎士団のマンフレディが自殺した…と」

モニカが、記憶を手繰り寄せるように目線を遠くに投げる。
こにいるラウンズの者たちにとって決して馴染みがない名ではなかった。
ユーロ・ブリタニア軍が誇る四大騎士団の一つ、ミカエル騎士団の団長を務めていたミケーレ・マンフレディ。
かつてナイトオブツーの椅子を蹴って、ミカエル騎士団を選んだ男だった。

「マンフレディが自殺…?」
「そういうことをするような男には見えなかったが…」

ノネットもドロテアもかつて、マンフレディ自身と共に作戦を遂行したことがあった。
二人とも極論を言えば皇室ではなく大公を選んだその考えとは相いれないが、マンフレディ自身の性質は嫌っていなかった。
陽気で懐も深く、彼を慕うものも多かったと聞いている。

「ふうん、自分が選んだ主を置いていくなんて騎士の風上にも置けないね」

ジノは皮肉気に口元をゆがませて、いつもの指定席に腰を下ろした。
いつだって彼は主君をもつ騎士に対して、自身の果たされなかった夢の跡を見てしまうのか、複雑な態度をとっていた。
まるで理想的な主従の者たちには、眩しげな視線を向けてあまりその場に長くとどまらない。
そして、騎士にあるまじき行動を主君にとる者に対しては、ひどく凍てついた視線を向けて、決して友好的な態度をとろうとはしなかった。
その理由を知るのは、ここにビスマルクとノネットだけだった。

「案外ああいう明るい方こそ思いつめるとこういう結果になってしまうのでしょうかね…」
「まあしかし、最近ユーロは失態続きだね」

ジノのこんな態度にはみな慣れたもので、特に彼の意見に口を挟まずモニカがジノの分の茶を入れて渡した。
直接言葉を交わしたこともあるモニカもマンフレディの自殺を不思議に思っていたようだが、終わってしまったことには興味はないとばかりにドロテアが別の話題を振る。

「ハンニバルの亡霊」

今まで会話を聞いていたのかもすら怪しいアーニャの口からこぼれたのは、いままさにドロテアが続けようとしていた話の核にあるものだった。

「ハンニバル?あのローマの?」
「なんだ、ジノ?お前本当に何も知らないのか?」

呆れた、と思いきっり顔にかいてドロテアは盛大にため息をついた。
恐らくこの場で、軍内でもちきりの話を欠片もしらないらしいのはジノだけだろう。
さすがにジノの情報の遅さに、ビスマルクがすっと視線を鋭くしてジノを見た。

「いや、まーちょっとは聞いたことがあるような…?」
「最近、ユーロピア連合との戦闘の時に現れる神出鬼没のユーロピアのKMFのことですよ」

あわてたジノに、モニカが優しく端的に説明し、それに補足するのはノネットだ。

「ドロテアが言ってたユーロの失態っていうのは、少し前のナルヴァでの戦いのことだ。 ファルネーゼのところのラファエル騎士団が出撃したにも関わらず、占領するどころかユーロピアに甚大な損害を与えられて撤退。 もちろんファルネーゼとて油断していたわけではあるまいが、撤退の直接の原因はあいつのところのKMFがその『ハンニバルの亡霊』と言われるKMFに勝てなかったからさ」

ハンニバルの亡霊。
その名は本土にまで届いている。
ユーロピア連合が先ごろ投入した新型KMF。
2足歩行をしたかと思えば、突然4足歩行で蜘蛛のように地を這い、まるで生き物かのように攻撃を避ける。
第二皇子シュナイゼルの直属機関、特派を任されているロイドは「あくしゅみ〜」とそのKMFのデザインを一刀両断していた。
だが、その機動性と機能には一定の評価をしていた。 そして彼曰く「でもその機体、かーなーりパーツ選ぶと思うよお。僕のランスロットよりかはマシかもしれないけどさあ」と。
事実、この新型は一個小隊ほど投入されたようだが、実際にファルネーゼを引かせたのは、その中の1機の働きが大きかった。
恐らく、その1機に乗り込んだ者は新型のデヴァイザーとして適性が高かったのだろう。
もちろん、操縦者自身の技量が高かったというのもあるだろうが。

「ふーん、でもさあ、それってただファルネーゼ卿のところが弱かったていうのもあるんじゃないの?」

優雅に、あくまで邪気がないように言うジノに悪気はない。
実際のところ、あまり派手な戦い方をしないファルネーゼ自身の失態もあるのだ。
もちろん『ハンニバルの亡霊』とやりあって無傷ではいられないかもしれないが、そこにいたのが自分たちだったら結果は違ってきただろうという自信がジノたちラウンズの騎士たちにはあった。

「だからスザクが行く?」

アーニャがまっすぐにビスマルクを見た。
確かに、失態続きのユーロの状況を見過ごせなくなった皇帝がなんらかの指示を出して、ラウンズをユーロに派遣するというのはあり得ない話ではない。
アーニャ以外の者たちも、てっきりスザクは愛機であるランスロットと共にユーロピアとの最前線での出撃を命じられているのだと思っていたが、 ビスマルクは、いや、と前置きをして否定した。

「クルルギは直接の戦闘要員として行くのではない。ある方の警護のためにユーロへと派遣される」

静かにビスマルクは今まで傾けていた茶器をテーブルの上に置いた。
そして、ちらりと時計に視線をやった。

「ある方?」
「めずらしい、警護任務だなんて」

本来ラウンズは戦場においてこそ、その力を一番に発揮させるが、KMFの操作技術だけではなく、軍人として身体能力にも秀でた彼らは警護の任に当たることもある。
ただ、それらの任務はKMF技術が買われている騎士にはあまり回ってこない任務だ。
特にスザクは、第七世代KMFの初号機ランスロットのデヴァイサーであるから余計だ。
スザク自身が許可したとしても、様々な実験を日々試しているロイドが許可しなかった。

「ある方って…陛下でも、皇族の方でもないのですか?」

モニカが目を丸くした。
すぐにビスマルクは答えなかったが、だいたいその表情で、モニカの質問は是であるとラウンズたちは理解した。

「皇帝陛下でも、皇子殿下でも皇女殿下でもない…?」

ここに集う―いや、帝国軍人の中で最も皇帝、皇室に忠義を尽くす男が、その任務に異を唱えないのは珍しいと、ドロテアはからかう口調で告げた。
常であれば、この男のことだ、例え要人警護と言われてラウンズをその任につかせることなどしまい。
ならば、なぜ今回はそれを許したのか。

「陛下からじきじきのご命令だ…その方は皇族の方々に準ずる方だ」
「陛下が…」

ノネットですら怪訝そうに、ビスマルクの言葉を繰り返した。
恐らくラウンズの中で一番、警護任務につくことが多いモニカも、皇族に連なる人物以外の警護はしたことがないし、そんな人物に思い当たる節はない。

「此度、ユーロ・ブリタニアへの支援で軍師として参られる」
「軍師?」
「ああ、ジュリアス・キングスレイ殿とおっしゃる。クルルギはその方の警護だ」
「そんな名前聞いたことないけど…」

アーニャやジノも首をかしげた。
あまり周囲の情報に敏くないジノでさえ、軍部の主要人物の名前ぐらい憶えている。
その中には、そんな名前などない。
それはジノだけではないようで、ラウンズの顔を見渡しても、ビスマルク以外は疑わしげな表情でその名を聞いていた。

「…ブラック・リベリオンで功績をあげた方だ…お前たち粗相のないようにな」

ボーンとクラッシクなつくりの時計が時を告げる鐘をならした。
それが合図だったように、ビスマルクはおもむろに立ち上がって、入口に向かう。
呆気にとられたのは他のラウンズたちだ。
まだ定例会は始まってすらいないのに。

「ヴァルトシュタイン卿!?」

驚いたジノは、思わず茶器を持ったまま腰をあげて、彼を追うとした。
だが、ビスマルクはすぎに入口の前で立ち止まり、その場に膝をついた。
そして―。

「はん、さすがナイトオブワンだな。出迎え大義である」

入口が音もなく開き、麗人の姿が現れる。
その後ろには、ナイトオブセブン、クルルギ・スザクの姿がある。
おもわず、その場にいたラウンズたちも立ち上がって、呆然とその麗人を見つめる。
だが、その中で一番衝撃を受けていたのは、ビスマルクを追って、麗人の目の前にいたジノだった。
ジノの手から茶器が落ちる。
柔かな絨毯に落下音はかき消されるが、真っ白のそれに紅い染みが広がる。

「まったく、この私がわざわざここまで出向いているのに、出迎えはナイトオブワンだけか?」

つややかな黒髪がさらりとゆれ、大きな眼帯に覆われていない右目が紫紺に輝く。
いかにも傲岸不遜な笑みを浮かべる口元だが、すこしもその高貴な美貌は損なわれていない。
ばさり、と黒い軍服のマントをはためかせ一歩前に出た麗人の美貌が室内の光に照らされてより一層鮮明になる。

「私がジュリアス・キングスレイだ。以後、見しり置いてくれたまえ」

これが、ナイトオブラウンズと軍師、ジュリアス・キングスレイとの出会いだった。

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