「で、そいつをそこに置くことにしたのか」
「いま外に出すわけにはいかない。軍が血眼になってこいつを探しているはずだからな」

薄暗い地下の部屋には、ルルーシュとジノ。そして、二人の目の前にある画面にはC.C.が映っている。
常ならば必ずルルーシュの傍にいるロロは、学年で行く課外学習に行っており今日、明日と留守にしている。 ロロは強固に行きたくないと突っぱねたが、ロロの今後を心配するルルーシュは優しく諭してロロを参加させた。 自分だけに囚われていては見えるものも見えない。
だからロロにきっかけを与えたくて、ルルーシュはロロを自分以外の者たちと触れ合える機会を持たせてやりたかった。
そんなわけで、アッシュフォード学園地下の秘密情報局司令室には、ルルーシュとジノしかいない。
人の悪い笑みを浮かべたC.C.は、ルルーシュの後ろに立つジノを見やって可笑しそうに笑っている。 ルルーシュは、いつものからかいと米神に青筋を浮かべながら必死に耐える。主にしか興味のないジノは、画面にうつるC.C.に一瞥すらくれず、じっとルルーシュの背中を見つめていた。

「しかし本当に忠犬のような男だな…褒美など何もでないのに…物好きな男だ」

ルルーシュはくすくすと笑うC.C.の言葉に、「次の作戦についてはまた連絡する」と言って、乱暴に通信を切った。
そして、座っていたソファに背を深く沈めてため息をつく。
ソファの背後にいるジノの体温がふわりと近くなる。
元々、ソファはジノが寝起きするために持ってきたのだが、ルルーシュが地下にいる時はルルーシュの指定席になってしまっている。
どこまでも自分に忠実な男は、ルルーシュが傍にいる時は決して臣下の礼を崩さない。
昔とずいぶん違ってしまったそんなジノの態度に、ルルーシュは一抹の寂しさを感じていた。

「ジノ…」
「なんでしょうか、殿下?」

ジノは、ルルーシュの正面に来ると、その場に跪いた。
ここに来てからのジノは、ずっとこんな調子だった。
感情をあらわにしたのは、再会のあの時だけ。
ルルーシュにとってジノは、優しい思い出の中でたった一人、自分を裏切らなかったホワイトナイトだ。
だから、本当はこんな態度をとられ続けるのは心苦しい。
だが、ジノがあくまで主従の関係を望むのであれば、ジノの望むような主としてふるまった方がいいのではないか。
そう思ったルルーシュは、先ほどのC.C.の言葉を思い出し、”主”らしく振舞ってやろうと自虐的な考えで口を開いた。

「お前にはまだ褒美をとらせていなかったな…主たる私を忘れなかった褒美だ。私が叶えられるものならどんなものでも望むがいい」

足を組んで、ルルーシュは言い放った。
態度とは裏腹に心は惨めな気持ちでいっぱいだったけれど。

「…どんなものでも…ですか…?」

ジノは伏せていた頭をあげて、いささか戸惑ってルルーシュを見つめた。
ジノの視線は昔と変わらず綺麗に澄んでいて、ルルーシュは訳もなくその視線から逃げた。

「私が叶える範囲でなら、な…」

そっぽを向きながら、ルルーシュはジノの声を聞いていた。だから、ジノがきゅっと口を結んでから、覚悟を決めた表情をしたことに気付かなかった。

「では…。私に、殿下のお傍にいる権利をください」
「ジノ?」

ルルーシュは弾かれたようにジノへと視線を戻した。 ジノはまるで何かを堪えているようだ。

「殿下、私は、この先ずっと、貴方のお傍にいられる権利が欲しい」

ひどく真摯な口調と瞳で訴えるジノに、ルルーシュは面食らった。どうして、騎士の誓いをもう一度したジノがこんなことを言い出したのか分からなくて混乱したのだ。

「何を言ってるんだ…? ジノ、お前は私のたった一人のホワイトナイト…。代わりの者など誰一人いない。お前が望まなくても…」

この先、私からお前の手を放すつもりはない。口には出さずルルーシュは心の中で呟いた。
だが、ルルーシュの言葉にもジノは曇らせた表情を晴らすことはなかった。

「私は…不安なんです、殿下…」
「ジノ?」
「私が貴方のお傍に居られなかった、この10年。貴方は、あの頃よりも輝きを増して、多くの人から慕われる方になられていました。 私は騎士として、そんな貴方が誇らしくある。ですが、輝きを増す貴方は、いつか私の手の届くところにはいなくなってしまうのではないか。 ここ数日、そんな不安ばかりが駆け巡り、私は平静ではいられませんでした…」

ひどく苦しげに眉をよせ、胸を押さえて言うジノの姿は悲哀を誘うものだ。
ルルーシュは、ジノの痛切な想いに胸を締め付けられていた。

「殿下は、私の騎士の誓いを受けとってくださいました。ですが、それでも不安なのです。 ですから、どうか。どうか、貴方の口から、私をずっと傍に置いてくださると約束をください」

お願いいたします、と苦渋をにじませた声で呟き頭をたれるジノ。
ジノのひどく苦しげな姿に胸が締め付けられたが、同時にひどく嬉しがっている自分がいることにルルーシュは気付いた。
本当に、この男は自分だけを求めているのだ、と。
いつだってルルーシュは庇護者の立場に回ることが多かったうえ、その生い立ちゆえに全身全霊で身を任せられる相手がいなかった。 だが、今度こそ、焦がれてやまなかった安息の場所が得られるかもしれない。

「欲のない男だ…たったそれだけのことでいいのか?」

その嬉しさからだろう。
無意識に強張らせていた表情が和らぎ、ルルーシュの声音はひどく優しいものになった。
ジノもルルーシュの声音の柔らかさに気づいたようで、そろそろと顔をあげた。

「殿下」
「心配するな。私は、お前を手放すつもりはない。お前が望まずとも、手放してはやらない」

ジノの想いの深さを知ったルルーシュは、嫣然とした笑みを見せて、いっそ高慢に言い放つ。
ずっと、ずっと。
ルルーシュは、自分を決して裏切らない“誰か”を求めていた。
幼いころから疑心暗鬼にさいなまれたルルーシュのささやかな願い。
それを叶えてくれる相手として、ジノはこれ以上ない者に思えた。だから、自分の迷いも吹き飛ばすように宣言した。

「殿下…」

ルルーシュの答えに、ジノは呆然としている。年相応に見える、頼りなげな顔がひどく可愛らしいもので、ルルーシュは殊更優しげな笑みを見せた。

「だから、ジノ。先ほどのお前の望みは褒美にはならないぞ。何か別のものを願え」

ジノは微動だにしなかったが、再び顔を伏せると小さな声で呟いた。

「…本当に”どんなもの”でも構いませんか?」
「ああ、もちろん」

ルルーシュが、ジノのつぶやきを聞き取り、是の返事を返した直後だ。
ジノは、俊敏な動きで立ち上がると、ルルーシュの両手首を掴んで細い体をソファに押し倒した。
クッションの上にぽふんと倒されたため、大柄なジノに倒されてもルルーシュの体は痛みを感じなかった。 だが手首はきりきりと、ジノの想いを伝えるように痛みを訴えていた。ルルーシュは驚きとともに、ジノを見上げる。

「殿下…。そんなに、私を煽らないでください」

ジノの両手は変わらずルルーシュの手首を戒めていたが、その手はかすかに震えている。 見上げたジノは、ひどく切ない目をしてルルーシュを見ていた。
頼りなげな表情が子供のようなのに、精悍な顔立ちには、確かに成長した男の表情がちらつく。

「ジノ…」
「殿下、貴方と再会してから、貴方を求める気持が大きくなりすぎて…必死にそれを押し殺していたんです…。どうか、私に”どんなものでも与える”だなんて仰らないでください。そんな言葉を聞いてしまえば、私は…私は…」

苦しげに訴えるジノから視線を外さす、ルルーシュは表情を改めて、先ほどのように柔らかくほほえむ。
そして、自分の手首を掴むジノの手をやんわりと外し、ジノの頬を指の背でなぜた。

「馬鹿者…。わたしが”どんなもの”でもと言ったら、何でもいいんだ。お前の望みを言ってみろ」

艶やかな笑みのルルーシュに魅入られたように、ジノはしばし動きを止めた。だが、しばらくすると心を決めた。

「殿下。私は、貴方が欲しい。全ては、無理でも、貴方の心の一欠けでもいい。どうか、それを私にください」

決死の覚悟で決めた一言だったのだろうが、ルルーシュは、ジノの覚悟の一言にもただ笑みを深くするだけだ。

「冗談じゃないでんですよ、でんっ…!」

ルルーシュが冗談だと受け取ったと思ったのだろうジノは、吐息が触れるほどに顔を近づけて言い募ろうとした。 だが、途中で笑いを止めたルルーシュが指を立ててジノの唇をふさいだ。

「本当に…お前は欲がない。確かに、私の心すべてくれてやるわけにはいかない。私には、私が始めたことの責務があるからな」

そこまで聞いたジノは、情けない顔をさらした。先ほどまであった、精悍な男の顔は情けなさにまぎれてしまっている。
けれども、ルルーシュは、そんなジノが堪らなく愛しいとおもった。

「だが、その責務以外ならば私の心も、体も。全部くれてやる。私の意志で、ただ、おまえの為だけに」

ジノの目が見開かれる。ジノは、もう一度ルルーシュを呼ぼうと「でん…」と口を開いたが、またもルルーシュの指がそれを制した。

「今の私は、もう皇族ではない。ただの、”ルルーシュ”だ」

それだけで、ジノはルルーシュの言わんとすることを悟ったのだろう。晴れやかな笑みを見せたジノの唇から、ルルーシュは指を外す。

「私の全てを、あなたに…。ルルーシュ様」

穏やかに微笑むジノの笑顔が近づくのを見つめて、ルルーシュは瞳を閉じる。
そして落ちるのは、唇への柔らかな感触とただ一人と決めた男の重み。

ルルーシュは、例えようもないほどの幸福にただ酔った。



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