『私はお前に騎士になってほしいな。私の傍で、私の騎士に…』

日に焼けてしまったが、それでも俺よりはずっと白い頬を染めて、ルルーシュが言った。
女の子のくせに、いつも男みたいな格好をして、俺に立ち向かってきたルルーシュ。 その時も相変わらず髪は短いし、服装は男みたいだったし、いつもと違うところなんて少しもなかった。
でも、そう言ったルルーシュはとても綺麗で、熱に浮かされたように「なってやるよ」と答えた。
俺の答えを聞いた後の、あの晴れやかな笑顔。
たぶん俺は、一生忘れることなんて出来ないのだろう。


「ゼロを名乗っている以上、皇族殺しだ。EUとの戦いも大事だけどさ」
「…どっちも蟻地獄」

ナイトオブラウンズ専用の談話室。
アーニャの呟きを最後に、騎士たちは誰一人口を開こうとはしない。モニターから流れるゼロの演説が、室内に響く。
スザクは、その画面を忌々しい思いで見つめる。
その仮面を透かすほどの力を込めて見つめる。
あの地獄のような戦場を共に生き抜いたルルーシュに、確かにスザクは恋をしていた。
誰よりも、大切に、守りたいと思っていた。
だから、ルルーシュがゼロだという可能性を何度も何度も打ち消して、ゼロの前に立ちはだかった。
祖国を救うため、ナナリーやルルーシュが笑顔で暮らせる世界をブリタニアの中から創るため、血を吐く思いで努力した。
そうすることが、いつかルルーシュと約束した彼女の騎士の役割だと信じて。
苦労の末に、ようやく思いを共にするユーフェミアという後ろ盾も得ることができた。
けれど、全てゼロが打ち壊した。
やはり仮面の下はルルーシュだったゼロが全部台無しにした。
裏切られたと思った。
こんなにもルルーシュを想って生きてきた自分の想いごと全て、裏切られたと思った。
だから、ルルーシュを皇帝の前に引きずり出した時も、ギアスをかけられて断末魔をあげるルルーシュを見ても、スザクの心は痛まなかった。
むしろそれはスザクにとって快感だった。
自分の裏切られた心の痛みを、想いを裏切られた者の恨みをその身に受けろと、心の中で呪詛を吐いていた。
今もまだルルーシュに恋する気持ちは変わらない。
けれど、恋しいからこそ、ルルーシュへの憎悪が途絶えることはないのだ。

「皇族殺しは命を持って贖われるべきものだ…」

物思いに耽っていたスザクの意識を現実に引き戻したのは、耳元で呟かれたジノの声だった。
ジノはひどく真剣な目をしてゼロが映るゼロを見ていた。
ゼロと直接関わることなどなかったはずのジノが何故、こんな目をしてモニターを見るのかスザクには分からず思わずジノの名を呼んでしまっていた。

「ジノ?」

スザクの呼びかけにジノは、ハッとしたように身を強張らせ、明らかにそれとわかるつくり笑いを浮かべた。

「あ、いや!何でもないんだ…気にしないでくれ!…っと、ちょっと席外すな!」

ジノは慌てて言うと、胸の辺りを押さえて談話室を飛び出す。
しかし、この後は騎士たちの定例会が行われる予定である。そのために、来られる者たちはここに集合していたというのに。

「おい、ジノ!」

だがジノの姿は既に見えず、スザクが声をかけるだけ無駄だった。ジノも定例会のことは分かっているはずだが、今の態度は完全に忘れているようだ。
どうしたものかと、スザクが溜め息を付く。苦笑したナネットが、そんなスザクに助言をする。

「ジノは変わらないね…。スザク、心配することはない。ジノの行く先は『アリエスの離宮』だよ」
「アリエスの…離宮?」

鸚鵡返しに呟くスザク。
スザクは一年前から本国を拠点にしてはいるが、そうゆっくりと宮殿に滞在しているわけではない。それゆえ宮殿内の構造や建造物に疎かった。
『アリエスの離宮』が一体どんな場所なのか良くわからないスザクとは対照的に、実質的にナイトオブラウンズを纏めている男は「仕方がない」と溜め息を付く。

「もう9年も経つが、未だに…か」
「まあ仕方がないじゃないですか。貴方も私も、あの方を忘れられないのと一緒ですよ」
「…しかし定例会が始められないのはいただけないな。クルルギ、ジノを呼びに行ってくれ」
「それは構いませんが…」

スザクには二人が話す「9年」も「あの方」も、分からないキーワードだ。
だが、他のラウンズメンバーは何とはなしに察しているようだ。こんな時スザクは、自分が『名誉ブリタニア人』だということを思い知らされる。
スザクが言い淀んだことにナネットは気づくと、『アリエスの離宮』の場所をスザクに教えた。

「『アリエスの離宮』は、シュナイゼル殿下の『サジタリアスの離宮』から奥に続く4つ目の離宮だ。頼んだぞ、クルルギ」



「これが、アリエスの離宮…か?」

ナネットの説明を受けて、以前シュナイゼルの離宮に招かれた時の記憶を頼りにスザクは件の離宮にたどり着いた。
だが、スザクは『アリエスの離宮』だと思われる場所に来て首を傾げてしまった。
なぜならその離宮は人が住んでいるという気配がまるでなかったからだ。
『離宮』というのだから、皇族の誰かしらが住んでいるのだと思って身構えてきたスザクは、気が抜けてしまった。
ところどころ緑が枯れてしまっているアーチを潜り、おそらく離宮の庭に続いている道を行く。
見えてきたのは、人の住まわない離宮には不釣合いな見事に手入れされた庭と華麗に咲き誇る花々を見つめるジノの姿だ。
手に何かを握り締めながら花々を見つめるジノは、いつも見せるような人懐こい笑顔でも、戦場で見せる冷たい表情もしていなかった。
見たこともないほど穏かで、でも、悲壮さも秘めた顔をしていた。

「ジノ」
「!スザク!?…エニアグラム卿かリーダーから言われてか?」

スザクが声をかけると、ジノは悪戯が見つかった子供のような顔をして苦笑した。
ジノの疑問にスザクが頷くことで答えると、「そっか」と呟いて、また遠くを見つめる。

「二人とも何か言ってた?」
「9年経つのにとか…あの方とか…俺には良くわからなかったけど」
「やっぱりバレバレか」

ジノはスザクに質問して、一人で自己完結してしまっている。答えているスザクには、何が何だかわからないままだ。
だが、ここへ来た当初の目的は未だ果たされていない。考え事をしているのだろうジノには悪いが、定例会へ連れて行くためにスザクが口を開こうとした。

「なあスザク、忘れられない人っているか?」

けれど突然ジノの質問で、スザクがかけようとした本来の言葉は遮られる。

「忘れられない人…って…なんでそんなこと」

ジノの問いは、スザクには酷なものだった。
忘れられない人はいる。
薄情だとは思うが、自分の後ろ盾になって夢を実現させてくれようとした皇女より、その皇女を殺した彼女の方が忘れられない。
恋するがゆえに憎い、ルルーシュが忘れられない。
スザクは答えをはぐらかしてジノに聞き返した。
ジノは思い出を懐かしむように話しだした。

「…俺な、忘れられない人がいるんだ。亡くなられたって聞かされたんだけど、未だに信じられなくて…。 あの方が生きてらっしゃったら、こんな弱い俺じゃ守れないとか、選んでいただけないとか…そんなこと考えて騎士にまでなって…」

スザクは、ジノがこんなにも打ちのめされたような姿を初めて見た。
いつも笑顔が耐えない、人当たりのいいジノ。
そんな彼が悲嘆に暮れる表情から、彼がその忘れられない人に並々ならぬ想いを傾けていたことがスザクには分かった。
なぜならジノの今の顔は、見慣れた表情とそっくりだったからだ。
恋して、信じたルルーシュを失った自分の表情と。

「今でも好きなんだな…その人のこと」

自然にスザクの口からはそんな言葉が零れ出てきた。
その慰めにも似た言葉は、ジノではなく自分自身へのものだったのかもしれない。

「ああ。恐れおおいことだけど…初恋だったな…」
「恐れ多い?」

ジノは帝国の中でも屈指の名門・ヴァインベルグ家の嫡子だ。
そんなジノが恐れ多いなどと、一体どんな人物だとスザクは思わず聞き返していた。
スザクの素朴な疑問にジノは笑って答えた。

「皇女殿下だったんだ、その方」

亡くなった皇女。
ジノが言う皇女とは、ユーフェミアのことだったのか、とスザクはそこで納得した。
だから先ほど、ゼロを見た時にあんな顔をして皇族殺しに拘ったのかと思った。
だが。

「ああ、でもユーフェミア様じゃないぞ!俺はお前の皇女殿下とどうこうなりたいとか思ったことはないからな!俺の殿下は9年も前に亡くなった方だ」

慌ててジノは、スザクが考えついた可能性を打ち消した。
その慌てぶりは、スザクの方が困惑するほどで、訝しげにスザクは眉根を寄せた。

「なにもそんなに慌てて言わなくてもいいよ」
「いや、こういうことはハッキリさせとかなきゃ、後々諍いになるだろう?」
「諍い?いったいどんな諍いだよ」

スザクが呆れたように言うと、ジノは面食らったようにスザクの顔をまじまじと覗き込んだ。

「だって、自分の恋人に誰かが横恋慕していたら嫌だろう?」
「恋人?ユーフェミア様とのことを言っているのか?お前まで下種な勘繰りをするのか?」

スザクがユーフェミアの騎士になった時、散々周囲から言われたことだった。
どんな手を使ってユーフェミアを篭絡したのか、体を使って騎士の地位を得たのだろう、と。
だからこんなことは言われ慣れていたスザクだったが、同僚のラウンズメンバーにまでそんなことを言われるのは心外だった。
そんな勘繰りは、ユーフェミアと自分の崇高な夢を汚すもののようにスザクには思えた。
だが、スザクの答えにジノの方が困惑していた。

「お前…それ本気で言ってるのか?」
「本気って…ユーフェミア様と俺は主従以外のなんでもないんだ。どうして、恋人だなんて言える?」

スザクの答えにジノの顔色がはっきりと変わった。
一体なにがジノをそうさせるのか分からず、スザクは顔をしかめた。

「なあ。ハッキリ聞くけど、お前とユーフェミア様は恋人ではなかったのか?」

ジノの質問にまたそれか、とうんざりした調子でスザクは答えた。

「だから違うと言ってるじゃないか!ユーフェミア様と俺は健全な主従だったと!」
「お前『騎士』の意味…知らなかったのか…?いや、確かにお前はイレブンだし…でも」
「いったいお前、何なんだ!!」

一人ぶつぶつと呟きながら「いやまさか…」とばかり繰り返すジノに、スザクは堪忍袋の緒が切れて怒鳴っていた。
するとジノは腹を括ったのか、真面目な顔をして話し出した。

「あのな、スザク。俺たちブリタニア人にとって、皇女殿下が自ら選んだ騎士っていうのは特別な意味を持つ」
「特別な意味?」
「そう。ことの始まりは、高位の女性たちには昔からつき物の政略結婚だった。何処の国だって同じようなことがあるだろう?」

ジノの問いかけにスザクは黙って頷く。
祖国の歴史にだって、女性の政略結婚によって政治を思うままにできた時代がある。

「ただ皇女様方だって人間だ。政略と分かっていても、恋人がいるから結婚したくない方々だって出てくる」
「まあ誰だって好きな人と結婚したいと思うんじゃないか?」
「だが、政略の上で重要な役割を果たす殿下方にそれは許されない。一方、許さないでいたら結婚後に駆け落ちをする殿下も現れた」
「それって本末転倒…」
「そう。だからブリタニアでは、ある時から皇女殿下方には、恋人を騎士として任命して一生傍に置くことが暗黙の内に認められた。 もちろん騎士としての能力が備わっていることが最低条件だが、それさえクリアすれば身分は問わない。 その代わりに、皇女殿下方は政略結婚を必ず了承することが求められるが、結婚した後も皇女付きの騎士が嫁ぎ先の要求で解任されることはない。 言い換えてしまえば、皇女自ら選んだ騎士は、帝国が黙認してくれる恋人で愛人なんだ」

始めのうちは相槌を打って聞いていたスザクだが、ジノが『騎士』の確信に触れた話を耳して表情をなくした。
『騎士』が皇女の恋人で、愛人?
血が下がる音というのをスザクは初めて聞くような気がした。

『私はお前に騎士になってほしいな。私の傍で、私の騎士に…』

今でも忘れることのできない、あの日のルルーシュの笑顔。
「なってやる」と答えた自分。
あの約束を再会してから確認することはなかった。
だが自分は覚えていたし、ルルーシュから言い出したことだったから、彼女が忘れているはずはないだろう。
ならば、ルルーシュの申し出を受けながらユーフェミアの騎士になったスザクをルルーシュは一体どう思っただろう。
ルルーシュに恋をしていたけれど、一度も明確に彼女に言葉を告げたことはなかったスザクの行動をルルーシュはどう考えただろう。
そして唐突に思い出す。
機密ゆえにルルーシュにも話せなかった騎士叙勲式当日、ルルーシュが、大切な話があると言ったことを。
だが、叙勲式から帰ってくると、もういいと言われてしまったことを。
その時は気にも留めなかった、ルルーシュの態度と言葉。
けれど、それはスザクの騎士叙勲を知ったからだったのではないか。

「けど、なるべくならばそんな『騎士』を出すのは避けたい。だから最近は、夫兼騎士にもなれる結婚相手を…」
「ジノ!」

スザクに『騎士』についての講義を延々と話していたジノの言葉は、突然スザクが叫んだことで遮られる。
驚いたジノがスザクを見やれば、スザクの顔色はひどいもので、拳が手のひらに爪が食い込むほどに握り締められている。

「おい、スザクどうしたんだ?」
「その皇女殿下の『騎士』は誰もが知っているのか?」

心配したジノの言葉にも返事をせず、スザクは搾り出すようにそう聞いた。
態度の変化にジノは首を傾げたが、尋常ではないスザクの様子に答えてやった。

「そりゃあ、ブリタニア国民ならば老若男女、誰でも。 特に当事者となられる皇女殿下方は、物心つく前から知っていらっしゃるよ。 騎士の叙任は、殿下方には結婚の申し込みと変わらないんだから」

『私の騎士に…』

あの日のルルーシュの笑顔。
頬を染めて、少し恥ずかしそうにしていた彼女。

『戻ったら話したいことがある。大事な、大切な話だ』

騎士叙勲式の日、怖いくらいに真剣な目をしていたルルーシュ。

『あれは、その……もう、いいんだ』

騎士就任を祝ってくれた席で、目を伏せて、そう言った彼女。

「おい、スザク?」

『また、私から奪うつもりか!母さんを!ナナリーを!!』

自由を奪われ左目を塞がれて、絶叫したルルーシュ。

『ヤメロォォォ――――――――――!!!!!』

耳に響き渡った彼女の、断末魔。

ゼロとして夢の協力者であるユーフェミアを殺し、スザクの想いを裏切ったルルーシュ。
だが、本当に裏切ったのは彼女なのか?
彼女だけが裏切り者?

「スザク、おい!お前、大丈夫か?」

冷や汗をかいて顔を真っ青にしているスザクを心配したジノは、咄嗟に手に握っていたものでスザクの米神あたりを拭った。
その感触で、ようやくスザクはジノの瞳をまともに見る。

「お前、本当にどうしたんだ?」
「いや、なんでも…」

「何でもないわけないだろう?冷や汗まで書いて、そんなに『騎士』の意味のことがショックだったのか?わからなくはないけど…まあ過ぎてしまったことだし」

そう言ってジノは、手に持っていた白いものを畳み直し、懐に仕舞おうとした。
ハンカチのようなものだと思われるそれは、正方形ではなくなぜか長方形をしていて、スザクの目を奪う。
ガンガンと音がなるほど、頭の中は混乱しているのに、本当に余計なことに目が行く。
いや、そうしていなければ今、スザクの精神は持ちこたえることができなかったのだ。

「これが不思議か?これな、女性用のリボンなんだ。だから長方形」

スザクの目がジッと手元を見ていることに気づいたジノは、仕舞おうとしていたものを広げてもう一度スザクに見せてくれた。

「さっき言ってた亡くなった殿下に貰ったんだ。綺麗な黒髪に白が映えて、よくお似合いだった…。 もう一度、これがルルーシュ殿下の髪を飾ることなんてないけれど、どうしても捨てられなくて…」

亡くなった皇女殿下。
確かにルルーシュは皇女だった。
9年前、日本で死んだことになっている第三皇女ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
そして、1年前、自分が皇帝の前に引きずりだして今一度その命を終わらせたルルーシュ。

『スザァック!!!』

もう一度ゼロの仮面を被った君は、俺を思い出して、同じ気持ちでいるのか。
この裏切り者、と。

「おいスザク!しっかりしろ!!」

遠くなるジノの声を聞きながら、スザクの意識はそこで途切れた。

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