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中華連邦攻略への重要な駒となる関。
関所には不似合いなほど整えられた庭にルルーシュの姿はあった。
空には満点の星。
地上には美を競いあう色とりどりの花々と水底まで覗くことができる透き通った泉。
今宵、作戦のために煌びやかな踊り子の衣装を身にまとっているルルーシュは、その風景の中でひときわ輝いている。
「脳なしの多い国だ」
しかし、その艶やかな唇からため息とともに零れるのは毒のある厳しい言葉だ。
先ほど恙無く作戦を終えたルルーシュだが、その表情は晴れない。
それは、やはり醜悪だと言えるほどに己の利しか考えないあの官吏どものせいだった。
権力を欲する人種というのは古今東西、どこでも同じようなものらしい。
「どこの国も官というのは変わり映えのないものだな」と続けるルルーシュの脳裏には、捨てた故国のことが浮かんでいる。
星刻がやらなければ自分がやってもいいと思うほど、中華連邦の官吏たちはルルーシュが一番嫌悪する輩だった。
その醜悪さを思い出して顔をしかめたルルーシュは、気分を落ち着けるために周囲の景観をぐるりと見渡した。
「あれは―――」
ルルーシュの目に飛び込んできたのは、庭を望む東屋にある長い黒髪の男。
間違いなくルルーシュが、中華連邦攻略の駒の一つとして数えている黎星刻だった。
ゼロの仮面越しとはいえ、直に対面したことのあるルルーシュが間違うはずはない。
遠目にも彼が厳しい顔つきをしていることがわかる。
「どうしてこんなところに…」
当然の疑問がルルーシュの口から零れた時だった。
ルルーシュが見ている中、星刻は唐突に東屋の柱に縋ってくず折れた。
「馬鹿者め…ッ!」
呟きながらルルーシュの足は星刻の元へと向かっていた。
星刻が病に侵されていることは、密偵から得た情報によって知っていた。
しかしまだ倒れてしまっては困るのだ。星刻が倒れれば、ルルーシュの計画とて共倒れになる可能性が高い。
(まだ死んでもらっては困る)
ここで星刻に顔を晒すことは得策ではないとルルーシュにもわかっていた。だが、ルルーシュは慎重に、そして何げなさを装って星刻に声をかける。
「おい、大丈夫か?」
星刻は鼻がきく。
ほんの少しでもゼロの正体―ルルーシュ自身に関する情報を与えたら最後、それが命取りになりかねないようなところがある。
できることならルルーシュは自分が出ていくことなどしたくなかった。
けれど。
「…だ、…っ大事、な…」
想像していたよりも悪い状況にルルーシュの頭からは損得勘定が消え去る。
とぎれとぎれにルルーシュの声にこたえる星刻の顔色は、血の気が引いている。そのうえ、その胸は息を吸い込むたびに嫌な音を立てていた。
「そんな息をして大事ないわけがあるかっ!! 水を飲め!!」
アリエスの離宮での事件後、すっかり病がちになったナナリーの世話をやいてきたルルーシュは、知らず知らずのうちに病人を放ってはおけない質になっていた。
それゆえ多少知識もあったのだが、そんな知識がなくとも星刻の病状は深刻だと言うことは胸の音からすぐに理解できる。
まるでその胸の中で嵐が起こっているかのような音だ。
膝をついて星刻の隣に座り込む。
(水、水はないのか!!)
ぜえぜえと苦しそうにせき込む星刻の背をさすってやりながら、ルルーシュは水を探した。
とりあえず水を飲ませて、息をつかせてやりたい。
ここは東屋でも、貴人のための造りになっており、布張りの寝椅子まで作りつけられている。飲料用の水くらい置いてあるのではないかとルルーシュは考えた。
果たして目線を配った先にあったのは、一目で高価なものだとわかる水差しと杯。
「ほら、これを飲め」
ルルーシュは杯に水をなみなみと注ぎ、星刻の口元まで持っていく。
しかし、中々咳がおさまらず、星刻の口からは水がこぼれるばかりだ。
星刻も水を飲もうと努力はしているが、苦しさで意識が朦朧としているように見える。
彼の胸の音はひどくなっていく。
「ちっ」
軽く舌打ちをしたルルーシュは迷わず自分でその盃をあおって、水を口に含んだ。
ぐいっと下を向いていた星刻の両頬に手をかけて上を向かせる。
そして、無理やり星刻の唇にルルーシュは自分の唇を押しつけた。
「―!!」
ルルーシュは意識などしていなかったが、唇と唇を合わせたそれは、確かに口づけと呼ばれるものだった。
そこで一瞬、星刻の意識ははっきりしたようで、両目が驚きに見開かれるのをルルーシュは見た。
薄目をあけて、ゆっくりとルルーシュは慎重に自分の口に含んだものを星刻の中に流し込む。
意識が浮上したからか、喉ぼとけがしっかりと上下し、星刻は水を飲み込んだ。
ルルーシュの唇から直接注ぎ込まれる水が、星刻の喉を潤す。
そろそろと唇を離し、真正面からいささか呆然とした面持ちの星刻を見据える。
あの酷いせきがおさまっていた。
「…これで本当に“大事ない”な?」
ルルーシュは満足げに微笑む。
ルルーシュは意識してのことではなかったが、その笑みは、第三者から見れば途方もなく婀娜めいた頬笑みだった。
後に星刻はこの時のルルーシュのことを、『曇りのない星空と相まって、この世のものとも思えぬ美しさだった』と語る。
「…? 何を呆けているんだ?」
ルルーシュは呆けたように自分に視線を合わせたまま言葉を発しない星刻をいぶかしく思った。
だが、その言葉で星刻ははっとした様子だった。
「ああ、大事ない…。…心から感謝する」
星刻は言うと立ち上がったが、まだその足元はおぼつかなかった。
すかさずルルーシュがそれを助けて、手直にあった長椅子へと星刻を座らせた。
「…たまたま通りかかっただけだ」
そのいたわるような手つきとは裏腹に、ルルーシュは星刻の礼にも素っ気なくしか答えなかった。
まさか、まだ倒れてしまっては困る、などと真意を言うわけにもいかない。
星刻を介抱して膝を折った瞬間、しゃらり、とルルーシュの黒髪と黄金の髪飾りが揺れる。
そして、思いもよらぬほど星刻の顔が間近に迫っていた。
星刻の夕日を思い起こさせる瞳が、じっとルルーシュを見つめている。
視線に縛されるようにルルーシュは動きを止めた。
真剣に、自分を見つめる目。
厳しく人を判断するようなものではなく、ただ何故か優しさを感じさせるものだった。
だからだろうか。すがめた瞳が、ルルーシュが動くことを許さない。
そして、自然に。
そう、まったく自然に星刻はルルーシュの頬に手をやった。
「…君、どこかで…?」
ルルーシュの瞳はその瞬間、これ以上ないくらい見開かれた。
まさか、星刻は自分の正体に気がついたと言うのか!?
ルルーシュは内心ひどく慌てたが、その瞬間、遠くから星刻を呼ぶ声が聞こえた。
あの声は、星刻の側近の一人香凛だ。
その声が、ルルーシュをこの奇妙な束縛から解放した。
「っ!!…迎えが来たようだ、もう心配の必要もないな」
そう告げるとルルーシュはするりと星刻のそばから離れて背を向けた。
星刻の声が背後から聞こえてきたけれど、ルルーシュは自分にできる最大速度で香凛が来た方角とは反対に逃げた。
走って、走って。
ようやくルルーシュが一息つけたのは、自分がギアスをかけた官僚たちが宴会をしていた広間のすぐそばまで来た時だった。
「…あいつ…気づいたのか…?」
乱れた息を整えながらルルーシュはひとり呟く。
まさかあれだけの接触で気付かれるとは思わなかったが…。
そう心で続けながら、ルルーシュの手は星刻が触れた自分の頬に触れ、続いて確かに星刻の唇と重なった己のそれへと動いた。
(そう言えば、あれは口付けの範囲に入るのか…?)
ルルーシュは思わずそんなことを考えてしまった。
そして記憶は、自分を見つめたあの夕陽色の瞳へと飛ぶ。
『…君、どこかで…?』
細めた瞳で、まるで口説くように聞いてきた星刻の声。
それを思い出して、ルルーシュの頬はかあっと赤くなった。
「おいルルーシュさがし……何を一人で赤くなっているんだ?」
ルルーシュを探していたC.C.に、いぶかしげに問われるとルルーシュは「なんでもない!」としか答えられないのだった。
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