さようなら、さようなら。
恋うて、恋われて、共に未来を夢見たあなた。


『ルルーシュ』

これが最後と、ルルーシュは蜃気楼に入った通信をつないだ。
発信元は神虎を経由した斑鳩。誰が連絡を入れているのなんて分かり切っている。

「何か、ご用でしょうか? 黎総司令」

モニター越しに見た男の顔は、青ざめている。
いつだって冷静沈着で、こちらが歯噛みするほど取り乱すことのない男が、それとわかるほど顔色を変えている。
ああ、ばれてしまったかとルルーシュは思った。

『ルルーシュ、もう遅いのか?』

静かな声だった。おそらく黒の騎士団の他のメンバーは何も知らされていないのだろう。突然、どこかへ通信を入れた星刻の姿に、そして通信を入れた相手がルルーシュだったことに目を見開いている。

「はて? 総司令殿は、私に何が“遅い”とおっしゃ…」
『すべてだ! もうそんな芝居は必要ない!! ルルーシュ、あの頃のように仮面を外せ』

だが何よりも、騎士団のメンバーたちは今まで皇帝となり、世界の敵となったルルーシュに厳しい態度を崩さなかった星刻が、このように取り乱しながらルルーシュを止めることに驚いたのだろう。

「………」
『最後、なのだろう…だから、今まで無視していた通信をつないだのだろう…だから、最後くらい仮面を外してくれっ…!』

それは血を吐くような叫び声だった。
星刻は握りしめた拳でモニターを叩き、誰も、ルルーシュ以外見たことがない苦渋に歪んだ顔をさらしていた。
ああ、こんな顔も二度と見られないな、とルルーシュは感慨深く思った。
二人きりの時も、苦しそうな顔ばかりで、“普通”の愛し合う二人のような甘い時間を持ったこともほとんどなかった。
いつだって自分たちの道は背中合わせで、正面から手を取り合うことは稀だったから。
それでも一時は夢を見た。
共に手を取り合って笑える世界の夢を。

「…全部、ばれてしまったか…」

がらりとルルーシュの声色が変わる。
高圧的な皇帝の声から、年相応の少し頼りなげな、でも慈愛に満ちたやわらかな声音だった。 超合集国評議会に乗り込んだ際、星刻は「黒の騎士団総司令」という仮面と「合衆国中華宰相」という仮面を被っていた。彼の素顔と仮面を見分けられるのは、おそらくルルーシュ位であろう。 似た思考回路を持ち、似た夢を持っていたルルーシュだからわかるようになった。
だが、今の星刻は二つの仮面をかなぐり捨ててルルーシュに詰め寄っていた。
ただの男だった。
どこにでもいる、ただの恋しい人を求める男だった。
だから、ルルーシュも仮面を外したのだ。「世界の敵」という仮面を。

『本当に、やるつもりなんだな…次代を妹に任せて君は一人』
「一人ではないさ。共に地獄まで堕ちる相手がいる。まさか、こんなことになるとは思わなかったがな」

その道連れが誰だかわかった星刻は、掌に爪が食い込み、血が滲むまで拳を握り締めた。
嫉妬で目の前が赤くなる。

『私を連れて行け、と言っても無駄なのだろうな』

絶望しながらも目を伏せ敢えて問うた。
道を違えるかもしれないと始めから承知していた関係だった。
だが、一度ともに歩める未来を夢見た後に再び道を違えるのは、何よりも二人の心を傷つける。

「馬鹿を言え…。お前には天子を捨てることなどできないだろう…。それにお前に居てもらわねば、世界の再生は20年程遅れることになる」

ルルーシュのことだから、自分がいなくなった後の計画さえお膳立てしてあるのだろうと推測できた。それゆえ漏れた言葉に返ったのは、やはり、その計画に星刻が組み込まれていることを明らかにするものだった。

『そこまで私に高い評価があったなど知らなかった』

ゆがめた口元から、子供のような意趣返しの皮肉が漏れた。しかし、返ってきたのは予想もつかない言葉だった。

「当たり前だ。私が今の今まで焦がれた相手だぞ?」

星刻が、はっと目線をモニター越しのルルーシュに戻す。
自分が愛した、たった一人の人は、星刻が出会ったどんな表情より優しい微笑みを浮かべて言った。

「愛してた。愛してる。お前が想うより強く、お前を愛してるよ、星刻」

ルルーシュ、と我知らず星刻は名を呼んだ。
今まで何度となく、二人きりの時には愛を囁いた。だが、いつだってそれは星刻からの一方通行で、ルルーシュがまともに取り合ったことなどなかった。
自分と肌を合わせているのだから、嫌われてはいないとは思っていた。 例え言葉はもらえずとも、裏切ったという友を忘れていなくとも、自分を特別な位置には置いていてくれるのだとはわかっていた。
それでもいいと思っていた。
けれど、言葉を返してほしかったのは事実で、その言葉は星刻が予想もしていないほど大きなものだった。

『ルルーシュ…どうして…』

何故と、星刻は問いたかった。
どうして、今更私の愛に応えてくれるのかと。

『ならば、なぜ私と共に未来を歩んではくれない! なぜ私の傍にいてはくれない!』

そして、自分を愛しているのに何故自分の傍で共に未来を歩んではくれないのかと。
ルルーシュは静かに俯いた。

「………」
『君は、言葉だけ残して私に生きろというのか! 君の想い出を抱いて一人生きろと! 私を置いていくというのかっ!!』

モニターを叩きながら叫ぶ星刻。
その叫びは、まるで迷子になった子供のようで。怒鳴るように言っているにも関わらず、懇願に聞こえた。

『何か言ってくれ、ルルーシュ!』

ルルーシュは、うつむいていた顔を起して、右手を両目にかざした。
そして現れるのは、まがまがしく光る赤い両目。
悪魔と騎士団がゼロを追放した所以。
ギアスの力が宿った目だった。
その赤い眼から、涙がこぼれる。

「すまない…。最後に伝えたかったんだ。私のわがままだ」

ルルーシュは泣いていた。
どんな苦境の中にあっても涙一つこぼさず、黒の騎士団を率いて闘ってきたあのルルーシュが。

『…謝罪などいらない。私を愛しているというなら、帰って来てくれっ! 私の傍に…最後など言わないでくれ!』

ルルーシュの涙を見た瞬間、星刻は全てを捨ててもいいと思った。
今まで築いたもの全てを捨てても、ルルーシュと共にあることができるなら、それでいいと。
理想と主君のために全てを捧げてきた星刻が、ルルーシュの涙に突き動かされた。

『これから先を、私の傍で、私の妻として生きてくれ』

星刻の言葉にルルーシュは目を見開く。
馬鹿な男だと思う。
ルルーシュにも、星刻が全てを捨てる覚悟があることがわかった。
あの誇り高い男が、自分のために矜持を捨てるというのだ。
ルルーシュにはもう、その言葉だけで十分だ。
そこまで自分を愛してくれた星刻の、その言葉と覚悟だけでルルーシュは幸せだった。

「ありがとう、星刻」
『ルルーシュ…』

鬼気迫る言葉に、星刻はルルーシュが自分の申し出を受け入れてくれたのかと思った。 だが。

「今度は、ただ人としてお前と出会いたい」

ルルーシュは晴れやかに笑ってそう言った。
それだけで、星刻にもわかってしまう。ルルーシュが、意思を翻す気はないと。

「さようなら、星刻。お前の幸せを地獄から祈っている」
『ルルーシュ!!』

ルルーシュは、清冽な笑みを残して、通信を切った。
悲痛な星刻の叫び声を聞かずして。


さようなら、さようなら。
恋うて、恋われて、共に未来を夢見たあなた。
さようなら、さようなら。
私が焦がれた愛しい人。

さようなら、さようなら。
来世があるなら、その時に。
あなたとしかと添い遂げたい。

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