「別に良かったのに」
「馬鹿を言え。お前は一応、客人だぞ?」
明日は学園祭。
しばらく軍務で学園に来られなかったスザクも、今日、明日はゆっくりとできるようで、今夜はルルーシュとナナリーと夕食を共に囲んだ。
久方ぶりに持てたゆっくりとした時間に、三人は時間も忘れて話し込んだ。随分おそい時間だと気づいたのは、咲夜子がナナリーの就寝時間だと呼びに来たつい先ほど。
ルルーシュはナナリーを咲夜子に任せると、客人のスザクを玄関まで見送るため共に席を立った。
「まあこうやって最後までルルーシュと話していられるのは嬉しいし。役得?」
「それは使い方が違うんじゃないか?」
ルルーシュはそう言うとクスクスと笑った。スザクもそれに吊られて、穏かな顔を見せる。
他愛もない話をしながら歩く数分間。
大丈夫だと言うスザクに理由をつけてルルーシュがここまで見送りに来るのは、この数分がたまらなくいとしいからだ。
ユーフェミアのモノになってしまっても、いつまでも大切な、大切な想い人と過ごすこの時が、ルルーシュには掛け替えのないものだったからだ。
スザクの口から零れる言葉全てがルルーシュには宝物のようで、このまま時が止まればいいのにと何度も思う。
ゼロになったことを後悔しているわけではない。
けれど、どうしようもなく捨てきれないスザクへの恋心は何時までも熱を持ってうずく。
「それにしてもこの玄関ホール、少し暗いんじゃないかな?危ないと思うけど…電気とかは点けないの?」
「ここはわざと点けていないんだ。あれ…あの窓から月明かりが差し込むのがとても綺麗で…っと」
「ルルーシュ!!」
ホールの階段を下りながら背にした窓を指差そうとしたルルーシュは、暗がりで段差を見誤ったのか、バランスを崩す。
倒れる!と咄嗟に目を瞑ったルルーシュだったが、一瞬の浮遊感の後に感じたのは温かな人の温もりだった。
「ほら…。月明かりが綺麗なのはわかるけど、やっぱり危ないよ。僕がいなかったらどうするんだ」
「スザク」
俊敏な動きでルルーシュを抱き止めたスザクは、呆れたような溜め息を付いて忠告した。
だが、ルルーシュはスザクの忠告なんてほとんど聞いてなどなかった。
ただ、自分を受け止めるスザクの大きな腕の中で、ルルーシュは彼の体温と匂いに酔っていた。
7年前、あんなにも傍にあったスザクは、今ルルーシュにとって一番遠い存在だ。
あの頃よりも余程近く触れ合っても、心の距離はひどく遠い。
「ルルーシュ?」
いつまでも自分の腕の中から顔を上げないルルーシュに、スザクが不思議そうに声をかける。
ルルーシュにだって、いつまでもこうしていられないことなど判っている。
けれど、今だけは。
スザクに縋りつくことを自分に許したいと思った。
「少し…こうしててもいいか?」
この一時の間だけでいい。
せめて、スザクの温もりを自分の体に刻み付けておきたかった。
「…どうしたの?…いいけど、あとでセクハラとか言わないでよ」
頼りなげなルルーシュの声に対して、スザクは茶化した言いようで返す。
だが、それがスザクなりに自分の様子を気遣ってのものだとルルーシュには判っていた。
その不器用な優しさに、涙が溢れそうになる。
「さあ…どうしようか」
答えた声は震えてはいなかっただろうか?
この気落ちの理由をスザクに知られるわけにはいかないから、ルルーシュもまたおどけた答えを返した。
「うわっ。それって酷いよ」
「ふふ。冗談に決まってるだろう」
「ルルーシュが言うと冗談に聞こえないんだよ」
こんな戯れのようなやりとりすら、いつかできなくなる。
ただの日本人とブリタニア人のままだったらまだよかった。
けれど、スザクはブリタニア皇女の筆頭騎士。ルルーシュは仮面の反逆者。
それぞれが自分の意志で歩みだした結果が、二人を相容れない存在にしたのだ。
二人の道は平行線。この先、もう一度交わることなんてない。
(あと少しだけ)
ルルーシュは、今までスザクの胸に置いたままだった両の腕をそっと彼の背に回す。
たぶん、ルルーシュがスザクと別れる日はそう遠くない。きっとこれが最後の思い出になるだろう。
だから今夜だけ、ルルーシュは遠慮をしなかった。
「ルルーシュ、本当に何かあった?もしかして怖い夢でも見た?」
「馬鹿。そんなわけないだろう…」
悪い夢ならずっと見ている。8年前から覚めない悪夢をずっと。
笑ってスザクの言葉を打ち消したルルーシュ。
だがルルーシュの力ない言葉に何か感じるものがあったのか、スザクは腕の中にいるルルーシュを強く抱きしめた。
抱擁してくれる、その腕。ルルーシュが、ただ一人恋した相手。
(スザク…好きなんだ。自分でもどうしようもなく、お前が好きなんだ)
別れがすぐそこまで迫っていることも気づかず、このときばかりはルルーシュも、全てのことに目を閉じ、耳を塞いで、恋心だけに身を任せた。
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